131.新人さん(2)

「ルシアンだ。よろしく」


 手短に挨拶を済ませたルシアンは、どうにも無愛想な雰囲気だった。

 緊張しているのか、最初からそういう性格なのか。ちょっと近寄りがたい空気を醸し出していたが、……私はそんなことよりも気になることがあった。


「耳……、尻尾……!!」


 ルシアンの頭の上には、ぴょこっと三角形の耳が生える。そして、そのお尻からはふわっと尻尾が伸びている。

 くすみがかった茶色い髪色……というか、毛色をした彼は、紛うことなき獣人という種族だ。普通の人間とほとんど外見は変わらないのだが、この耳と尻尾だけは犬の特徴を受け継いでいるようだ。


 正直、私は結構興奮していた。

 獣人が住むのは主に東の別大陸で、この王国では激レアのマイナー種族だ。話には聞いたことはあったのだけど、実際にお目にかかるのは初めて。


「はじめまして!」


 私は思い切って彼に声を掛ける。

 ルシアンは、その吊り上がった目で私を一瞥した。


「お前……例のドラゴンか」

「うん! 私、ルーナ!」


 すらっと騎士服を着こなした佇まいはとても格好良い。本当に新人なの? って思っちゃうくらい、歴戦の猛者の匂いがぷんぷんする。


 その纏っているオーラに気圧されて、ちょっと後ずさりしそうにもなったけど――私は勇気を出して、先程から思っていたことを口に出す。


「あのっ……、尻尾触っても良い?」


 ふらっと揺れる茶色の尻尾。もちろん毛で覆われていて、ふわふわとしている。

 それを見て私は、勝手ながらシンパシーを感じていた。私にも、形は違うにしろ尻尾はあるからね!

 だからさ、ちょっとだけでいいからさ……、このもふもふを感じてもいいかな……?


 だがルシアンは、私の問いかけに対して、むっと眉をひそめた。


「ダメに決まってるだろ。失礼だってことが分からないのか?」

「えっ、あの……ごめんなさい……」

「はぁ。ガキだから許してやるが、気軽に触ろうとすんじゃねえ」


 ぴしゃりとルシアンは吐き捨てる。

 確かに……そうかもしれない。私が無遠慮すぎた。

 私は触られてもあまり嫌だと思うことはなかったけど、その価値観は人それぞれだ。ルシアンがどう感じるかどうかを、私は全然考えられてなかった。


「終わりか? 俺はもう行くぞ」


 怒っているのだろうか。ルシアンは私の謝罪も気に留めず、どこかへ立ち去ろうとしていた。


「待って……! えっと、これ、あげる」


 そんなルシアンをまた引き留めて、私はクッキーの入った紙袋を手渡した。

 これはお近づきの印だ。歓迎の気持ちもあるし、謝罪の気持ちもある。

 私だってさ、ルシアンとは仲良くなりたいよ。せっかく作ったんだし、ぜひ受け取ってもらえると……嬉しいかも……。


「あー……俺、甘いもの苦手なんだよな」


 ルシアンは紙袋の中をまじまじと見てそう言うと、私にクッキーを突き返した。袋はくしゃりと鳴いていた。


「そっか、ごめん」


 私はもう一度謝った。だが返事が返ってくることはなかった。

 残念だけど……仕方ない。プレゼントの好みが合わないことなんて、往々にしてあること。今回は私が怒らせちゃったし……こうなるのも仕方ないよ。


「ねぇ、あんな言い方はないんじゃない!?」


 私とルシアンのやり取りを途中から見ていたアイラ。彼女は強い語気で、立ち去るルシアンの背中に向けて言葉を浴びせた。

 だけど私はそんなことをして欲しくなくて、アイラの服の裾をぎゅっと握った。


「いいの、私が悪いから……」

「……ルーナ」


 私は……ちょっと自惚れていたのかもしれない。ルシアンが怒ったのは、すべて私の責任だ。私が考えなしに発言したせいで、何が嫌なのかを考えられてなかった。もっと想像力があれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 そう自責する私を、アイラはぎゅっと後ろから抱きしめた。

 そして、私が握りつぶしたクッキーの袋を指さして、「私が食べても良い?」と聞いてきた。


「うん……」


 私はひとつ頷いた。

 ルシアンには、もうこれは要らないだろう。

 相手を失って宙ぶらりんになっていた特製クッキー。アイラはガサゴソと袋の中に手を突っ込むと、その中の1枚を無造作に手に取った。


「美味しいじゃない」


 アイラは「私の顔」だった破片をぽりぽりと噛み砕きながら、満足げに言った。

 私が強く握りしめたせいで、クッキーはことごとく割れていた。いくつかの破片になったクッキーたち、せっかくのデザインが台無しだ。ただそれでも、アイラは気にすることなく美味しそうに食べてくれた。

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