130.新人さん(1)
いろんな人に聞き込みをした結果、新人さんの素性が少しだけ明らかになった。
まず名前は、ルシアンだ。かっこいい名前で素敵!
性別は男で、年齢は確かアイラと同い年だとか。まぁつまり若いってことだ。
あとは……めっちゃ強いってことは皆揃って言ってたけど、どこまでが本当かは分からない。そもそも情報が少ないし、噂が独り歩きしている可能性もあるよね。
「非常に優秀であるとは聞いているが、俺も詳しくは知らん」
「隊長さんでも知らないことってあるんだね」
「……俺を何だと思っている」
と、隊長さんも言っていた。
ルシアンにとって過度な期待はプレッシャーになるだろうし、その「十人抜き」の噂は話半分で捉えておくことにした。とはいえ、どんな強者がやってくるのか楽しみではある。
そんなこんなで、私は今クッキーを焼いている。
――なんでかって?
そりゃあ、ルシアンにプレゼントするためだよ!
新たに加わる新人騎士や、あるいは引退するベテラン騎士に、こうやってお菓子をプレゼントするのは、最近の私たちの恒例行事となっていた。
今回もその一環として、私の丹精込めた手作りクッキーをプレゼントするのだ。
材料は至ってシンプルで、小麦粉とバターと卵と砂糖くらい。素朴なプレーンクッキーだ。
1人にプレゼントするだけならもっと凝ってもいいんだけど、何故か便乗してお菓子を強請る騎士がたくさんいるので、仕方なく彼らの分も作らないといけない。だからこそ、比較的簡単にたくさん作れるこのレシピが選ばれたというわけだ。
最初の頃はたくさん焦がしたりもしたけど、主にセレスのおかげで今は結構いい感じの完成度だ。
プレゼントとして、決して恥ずかしくない出来だろう。
「ルーナ、できた」
オーブンをじっと監視していたセレスが言った。
ガチャリとオーブンを開け、中からクッキーの乗った板を取り出す。
こんがりと焼けた表面は、ほのかに茶色みがかる。ぶわっと飛び出す蒸気とともに、甘く香ばしい香りが厨房内に溢れていた。
「ねえねえ、味見していい!? するね!?」
私はついに待ちきれなくなって、焼き立てほかほかのクッキーをつまんだ。
「はふはふ……美味しい!!」
めちゃくちゃ熱くて流石に火傷するかと思ったけど、味はすごく美味しかった。過去一の出来栄えといっても、全く過言ではない。
そんな私のリアクションを見て、セレスは手を叩いた。ミトンを着けていたので、ぽふぽふという可愛らしい音だった。
「よく出来てる。ルーナ、天才」
「ありがと!!」
私、型抜きくらいしかしてないけどね!
材料の配合とか焼き加減とかは全部セレスがやってくれた。ありがとうセレス、悔しいけどセレスがいなかったらこんなに上手くは出来なかったよ。
「ルーナ? セレスちゃん?」
セレスの頭をぽふぽふと撫でている時、ふとアイラが様子を見に調理場へとやって来た。彼女は、そんな私たちの作ったクッキーを見てぼそっと呟く。
「……それ、作り過ぎじゃない?」
「確かに多く見えるけど、これでも足りないくらいなの」
「えぇ、人気なのね……」
大皿に山ができるくらいまで積み上げられたクッキー。これを後で小分けにしていくんだけど、これだけの量があっても多分希望者全てに渡ることはないと思う。それほどまでに、何故か私とセレスのクッキーは人気なのだ。
この砦で甘いものが好きな人なんて、そんなに多いイメージはなかったんだけどなぁ……不思議だ。
聞くところによると、このクッキーを巡って血で血を洗う戦いが繰り広げられているらしいんだけど、詳しくは私も知らない。まぁ……気が向いたら作ってあげるよ。
「でもアイラの分はちゃんとあるからね!」
「本当?」
「はい、どーぞ」
とはいえ、アイラやルルちゃんみたいに、特に親しい人にはちゃんと別のクッキーを用意しておいた。日頃の感謝の気持ちも込めてだ。
私の手渡した紙袋には、特製クッキーがたくさん入っていた。
実はこれは特別版で、他のやつとはちょっと違う。早速アイラは袋の中をガサゴソと中を漁り始めた。
「これは……剣ね」
「正解っ!」
アイラが掴んだのは、細長い形のクッキーだった。
細長い刀身と十字形の柄。手で生地をこねこねしてつくった、剣型のクッキーである。アイラといえば剣のイメージだから、とてもピッタリだと思うんだよね!
「よく出来てるわね」
「でしょでしょ?」
ってな感じで、型には無い特別な形をつくってみたというわけだ。味は一緒だけどね。
「これはもしかして――ルーナ?」
「そう! よく出来てるでしょ!」
まんまるな輪郭に、三日月型のツノが一対。目と鼻と口は、生地にくぼみをつけて再現してみた。
アイラが次に手に取ったのは、ドラゴンのときの私の顔の形のクッキーだった。
もちろんクッキーだからデフォルメはしているんだけど、結構な再現度だと思うんだよね。セレスのアドバイスのお陰で上手く出来たよ。
「ふーん、凄いわね」
アイラはまじまじと「私の顔」を見つめると、バリッと私の顔を噛み砕いて真っ二つにした。
「あぁっ、ひどい!!」
「すごく美味しい」
「……ありがと」
ちょっと複雑な気分になったので、この形は失敗だったか。
顔面の右半分が削れてなくなった私に哀悼の意を捧げつつ、とはいえクッキーの出来を褒められたのは嬉しかった。
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