129.超人伝説
雪も溶け、やってきた温かい春。
春といえば、出会いの季節だ。
アイラの話によると、この砦にも新しい騎士がやってくるのだという。
「どんな人なの?」
「うーん、私もよくは知らないかな……。あっでも、現役の騎士を10人抜きした猛者だって噂では聞いたわ」
「えぇっ、すごい!!」
芝生にぺたんと座りながら、私は大きな声を上げた。
10人抜きだなんて、並大抵の人間にはできない。普通、現役の騎士同士が戦った場合ですら、実力が拮抗する場合が多いのに。それこそ、何人もの騎士を瞬殺する必要がある。
でもそれができる新人だなんて……期待の超新星すぎない?
「ルルちゃんもそうだけど、後輩が優秀すぎて辛いわ……」
「あー……そんな悩みが」
そういえばルルちゃんも、王都のエリート部隊所属を蹴ってここに来たんだっけか。よくよく考えると、たしかにルルちゃんの放つ魔法は、他の騎士より抜きん出ている気もする。
ここに来た理由は確か……隊長さんに憧れてたんだっけ?
優秀な人がたくさん集まるとは、隊長さんには人を引き付けるオーラみたいなのがあるのかも。
「隊長さんって、すごい人だったんだ」
「もしかして、隊長の戦いを見たことない?」
「うん、言われてみれば……あんまりないかも」
……確かに隊長さんの戦闘シーンを見た記憶があまりない。
まあでも、それは当然の話ではある。隊長さんは部隊の指揮官だから、基本的には後方から指示や支援を行う役割だ。前線を張ることはない。
「隊長は凄いのよ。たった1人でワイバーンを同時に3体倒したりとか、グリフォンの群れを覇気だけで追っ払ったとか、……あとは巨大なグリズリーと素手で殴り合って勝ったりしたとか――」
「すご……人間なの、それ」
アイラの口から飛び出す話は、とても人間離れした逸話ばかりだった。
いやいやいや、いくら隊長さんが強かったとしても、そんな無茶苦茶な話あるわけ――
「――ルーナにでたらめを教えるな」
「隊長さんっ!!」
いつのまにか背後に現れた隊長さんに、私はしゅたっと立ち上がって抱きついた。
「今の話って嘘なの?」
「ああ、そうだ。噂に尾ひれがついて広がったんだろう」
「そうなんですか? ……私、ずっと信じちゃってましたよ」
どうやら、アイラの語った隊長さん超人伝説はデマだったようだ。
なんだか安心しつつも、ちょっぴりがっかりした気分だ。
「俺は超人ではない。ワイバーンを倒したときも、俺以外にも4人いたぞ」
そう謙遜して話す隊長さんだったが、私は途中で「ん?」と引っ掛かった。
「あのさ……5人で、3体のワイバーンを倒せるものなの?」
「……そんなわけないわ」
私が前にワイバーン討伐に同行したときは、何十人もの騎士が現場にいたはずだ。そもそも、ワイバーン自体が大きくて、その上飛行する厄介な魔物だから、素早く撃ち落とすために魔道士による魔法の物量が求められるはずだ。
だけど……それをたった5人で討伐してしまうだなんて。よっぽど腕の良い魔道士がいたのか、それともそのワイバーンの寝首をかくことができたのか。
真相は分からないけど、どちらにせよ偉業なのには変わりないよね?
「じゃあ、グリフォンの群れを覇気だけで追い払ったのは?」
「それも違う。一番大きい個体を叩いたら、尻尾を巻いて逃げてっただけだ」
うーん、これも全くの嘘八百というわけじゃなくて、ちょいちょい真実が混ざっているみたい。
「一番大きい個体を叩いた」って……流石に、比喩表現だよね? 群れのボスを隊長さんがボコったって話ではなく。
「し、指示が的確だったんだね……!」
「いや、むしろ指示には従わなかったな。上官の命令を無視して、群れのリーダーに一騎打ちを仕掛けたんだ」
「一騎打ち!?」
「若気の至りって奴だ、上官には散々怒られたぞ。あれほどの無茶は今は出来ないな」
まさかの直々にボコった話だった……。もう凄いを通り越して、怖いになってきた。
私は恐る恐る、最後の「噂」についても尋ねる。
「そ、それなら、巨大なグリズリーを素手で倒したってのは?」
「それは事実だ」
「……………………」
……まさかの、真実だった。
「隊長、私の言った話、ほとんど正しいじゃないですか」
「そ、そうか?」
隊長さんは、困ったようにこめかみを掻く。
どうやらまだ気付いていないみたい。その違いは、隊長さんの凄さを伝えるという点において微微たる誤差でしかないのに。
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