第6章 新しい春
128.泣いちゃ駄目だよ
「ていっ、やぁっ!!」
「腰をまっすぐに、もっと力を込めるのよ」
今日、私は非番のアイラを引き連れて、訓練場に足を運んでいた。
握っているのは、木でできた模擬刀。中学校の剣道の授業のおぼろげな記憶を引っ張り出し、ぶんぶんと素振り練習をしているのだ。
この模擬刀、普通の剣よりは全然軽いけど、それでもずっしりと重たい。こんなものを軽々と振り回すなんて、やっぱり騎士ってすごい。
「……素振り、つまんない」
とはいえ、あんまり楽しくない。
騎士といえば、もっと華やかでカッコいいイメージだ。もっとこう、シュッ、ズバッ、と剣で戦うような感じ。
こんな地味な基礎練習だけじゃなくて、騎士っぽく実戦を模した練習をしたいんだよ!
「ルーナ、基礎練習を怠るようじゃ、立派な騎士になれないわよ」
うわー、アイラが正論で殴ってくる!
言われなくともそんなの分かってるよ、基礎練習が大事なことくらい!
「うー……」
元はと言えば、私が「剣の練習をしたい!」なんて軽々しく言ったのが悪い。
きっかけは、少し前にあった剣技大会だ。隊で一番強い騎士を決めるための、訓練も兼ねた毎年恒例の催しなんだけど――そこで戦う騎士の姿をみてすっかり憧れちゃったんだよね。
そりゃあ、基礎もなにもない私に一番必要なのは、紛れもなく素振りなんだけど――でも私は、もっとこう体をたくさん動かして、いろんな技とか使ってみたいんだよ!
「じゃあ、やってみる? 模擬戦」
「や、やる!!!」
そんな私の気持ちを分かってくれたのだろうか。アイラの素晴らしい提案に、私は飛び跳ねながら喜んだ。
◇
「ルーナ、いいよ」
「私から?」
「そう」
手招きをするアイラに、私はどっしりと構えながら模擬刀の切っ先を向けた。
……ふふふ、私も舐められたものだね。
剣技の練習は、なにも今日が初めてじゃない。アイラだけでなく、ライルや他の騎士たちにも練習を付き合ってもらったのだ。基礎練習がつまらないとは言ったけど、別に怠っていたわけではない。
もちろん、実際に戦うのは初めてだけど……イメージトレーニングは完璧だ!
蝶のように舞い、蜂のように刺す――私の頭の中では、自分の動きが完璧にシミュレーションできている。
「アイラ、私に負けても、泣いちゃ駄目だよっ!」
「ぷふっ……」
こら、アイラ、笑うな!
せっかく格好良く始めようと思ったのに、その雰囲気が台無しだよ。でも、私を侮っていることは分かった。
余裕綽々なのはそこまでだよ。この手でけちょんけちょんにして、絶対に一泡吹かせてやるんだから!
「てやああぁぁぁぁ!!!」
私は駆け出した。地面を蹴り出す、その推進力を使って、一直線にアイラの方へと向かっていく。
そして剣を頭の上に構えると――シュッと一振り。
――カンッ!
生憎、私の攻撃はアイラに防がれてしまった。木同士がぶつかり合う、高い音が訓練場に反響する。
「悪くないじゃん」
「まだまだっ!」
だけど私は諦めない。弾かれた反動を利用して、今度は剣を私の右半身に持ってくる。
まるで野球のバットを振るうかのように、ぐるりと刀身を旋回させて振るう。
――カンッ!
またもや、アイラに防がれてしまった。くっ……手強い!
だけど、まだ大丈夫。焦るような時間じゃない。アイラから一向に攻撃を仕掛けてくる気配がないってことは、それつまり防戦一方ってことだ。
……よしっ、そう考えたら勝てる気しかしないぞ。
私は気を取り直して、一度アイラから距離を取る。プランは浮かんでいる。一旦これでリセットだ。
新たな攻撃のために、剣を再び構え直す。
「くらえっ!!」
右足をぐっと踏み込んで、私は跳び上がる。頭上から振り下ろした剣は、重力を伴いながら重く振り下ろされる。
……へへっ、跳び上がるのは予想外だったでしょ!?
ぶわっと自分の髪が舞うのを感じながら、完全に油断しきっているアイラの顔を見た。
だが――アイラはしゅっと半身を逸らして、私の軌道から逃れてみせた。
「なっ……避けた……!?」
「隙あり~」
地面にどしりと着地した私。その頭に、こつんと剣が乗せられた。
「あー!! ずるいー!!」
「なんで!?」
私の完敗なのだが、それを口にするのも癪だったので、とりあえず「ずるい」と言ってみた。別に根拠はないし、私自身もずるいとは思ってない。
「むぅ……アイラ、強いんだね」
「そりゃあ、毎日練習してるからね。
でも安心して。たくさん練習すれば、すぐに追いつけるから」
「本当!?」
「ルーナは私なんかよりも長生きでしょ? もっと訓練を積めば、私よりもずっと強く……それこそ世界一の騎士になれるかも」
わしゃわしゃと私の髪をかき混ぜるアイラ。
いつかアイラと対等に渡り合える日が……来ると良いな。今は壁が高すぎて、全然見えないよ。騎士ってやっぱすごいなぁ。
遠い目をして思い浮かべていたところで、アイラが「そういえば」と話を切り出した。
「ルーナ、もうすぐ新入りが来るのは知ってる?」
「新入り?」
「そうよ。この春に騎士になったばかりの新人だって」
「その話、もっと詳しく!!」
興味深い話に、尻尾がぴょこんと立ち上がる。
剣をぽいっと投げ捨て、アイラにぎゅっと抱きついた私は、話の続きを早く早くとおねだりするのだった。
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