【挿話】プレゼント
雪もすっかり溶けてなくなり、温かな陽気が燦々と差し込む昼下がり。もうこの砦に来て1年が経ったんだなぁ、なんてぼんやりと考えつつ、私はいつものように隊長さんの部屋へ遊びに行った。
その部屋の中、いきなり隊長さんからあるものを手渡され、私は驚く。
「ルーナ、プレゼントだ」
「えっ、本当!? ありがとう!!!」
私が受け取ったのは、両手のひらに乗るくらいの大きさの箱だった。綺麗な包装紙でラッピングされていて、頂点にはリボンが結ばれている。まさにプレゼントって感じでテンションが上がる。
……というか、なんだかいい匂いまでするよ、これ。
「待て、俺からではないぞ」
「……隊長さんのじゃないの?」
「メッセージカードをよく見てみろ、レオ殿下からだ」
隊長さんが指さした場所には、なにやらつらつらと文字が書いていた。生憎私には全く読めないけど、たぶんこれが宛名なのだろう。すごく綺麗な字だってことは分かった。
レオ王子といえば、この国の第二王子。私に90度の角度で謝罪してきたのはまだ記憶に新しいけれど――今もたまに交流があって、定期的に手紙を交換したりはしてたんだけど、こうやってモノが届くのは初めてだ。
うーむ、王家からの贈り物とは、流石にちょっと緊張しちゃうね。
「開けてもいい!?」
「もちろんだ」
とはいっても待ちきれなかった私は、包装紙を容赦なくベリベリと破く。
そして……中から出てきたのは、布張りの高級そうな小さな箱。それをもパカッと開けると、中には1つのヘアピンが鎮座していた。
シルバーの土台の上に、小さな光沢のある金色の玉が5つ連続で並んでいる。その玉を指先で触ってみると、なんだかツヤツヤしていて気持ちいい手触りだった。
早速私は、そのヘアピンを髪に着けてみる。
そんな私の姿を見て、隊長さんはじっとピンを観察していた。
「ほう……黄玉真珠か」
「真珠なの!?」
真珠だと言われた途端、なんだか頭の上が重たくなるような気分になった。
えーっと、真珠って、あの真珠だよね? 貝の中で長い時間を掛けてできる、あの真珠だよね?
それも、黄玉っていうよくわかんない種類なんだけど……言われてみれば確かに、ピカピカと光沢があってとても綺麗だ。本物の金みたいで美しい……けど、
「こここ、これって高いよね……?」
「何を今更。王家からの贈り物だ、安物を送りつけるわけがないだろう」
「……デスヨネー」
……うん、具体的な値段は聞かないでおこう。
聞いてしまったら、怖くて外に着けていけなくなっちゃう気がする。
「せっかくだ、しばらく着けるといい。お前の目と同じ色で、よく似合っているぞ」
「本当!?」
値段のことなどすっかり頭から忘れた私は、隊長さんからお褒めの言葉をいただき、軽々しく嬉しくなってしまった。
ふふん、そんなこと言われなくとも、似合ってることなんて自分でも分かるよ!
かわいいものを身に着けるとテンションが上がるのは、女の子なら当たり前のこと。
……よーし、せっかくだから、アイラやルルちゃんにも自慢しにいこう。
私はスキップをしながら、ウキウキで訓練中の騎士たちのところへ向かうのだった。
◇
次の日。
「スケッチが出来たら、あとは糸を通していくだけですよ」
訓練終わりのルルちゃんに教えてもらっているのは、刺繍のやり方だった。
昨日はいろんな人にこの髪飾りを見てもらい、その上たくさん「かわいい」と褒められて、とても満足した1日だった。だからこそ私は、こんな素敵なプレゼントをくれたレオ王子に何かお礼がしたいと考えたのだ。
とはいえ、私の財力は隊長さんからのお小遣いに依存しているため、そんなに高いモノは買えない。だからといって安いモノを贈っても、それはお礼として釣り合わない。
向こうに届くまで長い時間が掛かるし、王族という立場も考えれば、食べ物系もダメだね。
そんな多くの制約の中で何が最適かを考えた結果、最終的に手作りのものがベストだという結論に至った。
材料費が安くて、それでいて作るのに時間がかかる。これなら、私の財力でも気持ちがちゃんと伝わるはずだ。
――そうして選んだのが、ハンカチだ。
もちろんハンカチを作るわけじゃなくて、そこに刺繍を施すのだ。
「はじめるぞー!」
「うん」
「私もルーナに作る」と何故か参加しはじめたセレスとともに、私はチクチクと糸を縫い進めるのだった。
ちなみにモチーフはお花だ。
……こら、ありきたりとか言うんじゃない!
私の画力では、お花を描くのが限界だったんだよ!
「こうやって……一歩一歩戻りながら縫うんです。これで直線ができて、繰り返すと広い面積も刺繍できちゃうんですよ」
「ほえ~、ルルちゃんって何でもできるんだね!」
「褒められても私からは何も出ませんよ。昔、ちょっとだけ齧ったことがあるだけです」
本人はそう言うけどもさ、ルルちゃんが試しに縫ったラインは、私のなんかよりも真っ直ぐで均一だ。比べると、どっちが誰の線なのか一目瞭然である。
縫い物なんて小学校の家庭科の実習以来だし、うまくできる気がしないよ……。
ちなみにだけど、セレスの刺繍はめちゃくちゃ上手かった。
「前、やってた」なんて自慢げに言ってたけど、その言葉通りすごいスピード縫い進めていく。広大な面積がどんどん塗りつぶされていく様は、見ていて気持ちがいいくらいだ。
流石は神竜。私が1周する間にも、セレスは3周してるくらい速い。セレスの指先はミシンなのかな。
「いてっ」
「ルーナ、治す」
「……便利ですね、それ」
そして、私が針で指を刺す度に、即座にセレスから回復魔法が飛んでくる。
本当にセレスが便利すぎて怖い……。
この世界に使える人間は十数人しかいないほど、回復魔法は貴重で高度なものだ。それなのにもかかわらず、セレスはそれを惜しげもなく乱発している。
さすがにそれは魔道士として驚かざるを得ないのか、ルルちゃんはその度に目をまんまるにしていた。
「そういえば、このハンカチは誰のためのものなんですか?」
刺繍が大まかに半分ほどできてきたころ、ふとルルちゃんが私に尋ねてきた。なんで今さらそんなことを……とも思ったけど、言われてみればたしかに、私から誰かにプレゼントを贈るなんて今までほとんど無かったかも!
「実はね……レオ王子に送るの!」
「えっ!? 王子ですかっ!?」
ルルちゃんはびくりと体を震わせて驚いていた。
そのリアクションを見て、私は少し不安な気分になる。
「もしかして、ダメだった?」
「いえ、そんなことはありませんが……分かりました! 私は、ルーナさんのこと応援してますから!!」
だけどなぜだか今度は、ふんすと鼻息を荒くするルルちゃん。その言葉の意味がよく分からなくて私は首を傾げたが、その意味は教えてくれなかった。
まあ、別にダメじゃないならいっか、と私はその日のうちに刺繍を完成させた。
ガタガタなところもたくさんあって、作り直そうかとも考えたけど、ルルちゃんの「これも味ですよ!」という一声に押されて、このまま贈ることになった。
――女性から男性に刺繍入りのハンカチを贈るのは、一般的に縁談の申し込みの意味を持つ。
それを知ったのは、ハンカチを送り出してから数日が経った日のことだった。
縁談なんて申し込むつもりは全く無かったし、隊長さんは「手紙にはそういうことを書いていないんだから大丈夫だ」と言ってくれたけど……
「たらしだ」
「天然人たらしだ」
「エミル君が報われないな」
……なんて、しばらくからかわれることになった。
もう! なんで誰も言ってくれなかったの!!
向こうが本気にしたらどうするの!?
そんなこと言うんだったら、本当にお姫様になっちゃうからね!!!!
私はそう悪態をつきながら、どうすることもできないハンカチの鬱憤を騎士たちにぶつけるのだった。
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〔あとがき〕
もう少しストックが溜まったら、すぐに第6章を始める予定です。
よろしくお願いいたします。
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