【挿話】デート大作戦(2)

「アイツ……ずっと、飯食ってねえか……」


 遠巻きに観察して分かったことといえば、ルーナがずっと食事をしているということだった。2人で横並びになってパンを食べている姿はとても微笑ましいのだが、いかんせんその時間が長すぎる。もうかれこれ6軒目だ。


 こうなると、エミルのお財布事情が心配になってくる。

 男らしいところを見せたいという誇示からなのか、エミルは全ての代金を奢っている。

 ……だが、そろそろまずいのではなかろうか。軽食ばかりとはいえ、この金額はこの年代の子供には馬鹿にならない。それに何より多いのだ、数が。


 ルーナもルーナで「私も出すよ」なんて言っているが、エミルから断られて財布を出す機会をとっくに失っている。

 隊長から貰ったお小遣いなのだから、特に節約する必要もないのだが……顔を立ててあげたいというのもあって、なかなか言い出せない。

 とはいえ「ご飯を食べない」という選択に至らないところが、ある意味ルーナらしい。


 ……エミルの顔が青白くなってきていることには、これっぽちとして気づく様子はないようだ。


「私も、欲しい」

「あっ、私も!」

「……お前ら、またかよ」


 セレスとアイラは、今まさにルーナが手にしている分厚い肉が挟まったサンドイッチを指さした。

 こっちはこっちで、ライルの財布がじわじわとダメージを受けているが――向こうに比べれば可愛いもの……のはずだ。


「ちょっと、ライル。遅れるよ!」

「えっ、悪いの俺かよ!?」


 そそくさとサンドイッチを受け取った2人は、足早にルーナの方へと駆けていった。ぶつくさと悪態をつくライルだったが、その手には同じサンドイッチが握られていた。ちゃっかりしている。


「なぁ、アイツらはどこに行ったんだ?」

「しっ、あそこよ」


 後から追いついたライル。目標は、その視線の先にいた。


「……店に入ったな」

「『ハリス洋裁店』だって。何を買うつもり?」


 路地に入ったところにあるこじんまりとした洋裁店。そこに、ルーナとエミルは入っていってしまった。

 一応、外には小さな窓があるが、中の様子はよく見えない。

 どんな買い物をするのか、どんなやり取りをしているのか、いろいろと想像を掻き立てる一同。


「来た!」


 店の中から物音がして、3人は素早い動きで物陰に隠れた。

 直後、ドアを開けて退店する2人の姿が。


「……マフラー」


 セレスがぼそっと呟く。そおっと彼らを覗き込んだところ、ルーナの首に青いマフラーが巻かれていることに気がついたのだ。

 ルーナが自分自身で購入したのか、それともプレゼントしてもらったのか。真相は2人のみぞ知るが、自分以外から贈り物をされている場面を見て、完全にセレスはやきもちを焼いてしまったようだ。


「……………………」

「そんなに妬くな」

「私も、マフラー、プレゼントしたい」


 頬をぷっくりと膨らませるセレス。ここまで露骨な感情表現も久しぶりかもしれない。ライルはそんなセレスを落ち着かせつつ、静かな口調でアドバイスを伝える。


「馬鹿、同じものあげても意味が無いだろ。お前が良いと思うものを選ぶんだよ」

「分かった」

「だがまた今度な。今は追いかけるぞ」

「うん」


 セレスはこくりと頷いて納得した。

 そして、今度なにか身につけてもらえるものをプレゼントしようと心に決めるのだった。



 それからもデートは続いていた。

 することといえば、街の散策と買い食いばかりだったが、2人はそれでも楽しそうだった。


 そして、あっという間に時刻は夕暮れ時。

 やがてたどり着いたのは、街の中心に位置する広場だった。最初の待ち合わせ場所に、戻ってきたというわけだ。ほんのりと灯るランプの温かい光が、辺りを優しく包みこんでいて、昼間とはまた違った雰囲気だ。


 ――だがそれだけではない。

 星降祭はとうに終わってしまったにも関わらず、広場はいつも以上の賑わいを見せていた。

 中心で、楽器を手にした数人の男女が軽快なワルツを奏でる。どこかの街からやってきた、楽団のようだった。

 彼らの奏でる賑やかなメロディーは、道行く人々の心を鷲掴み。体を揺らしリズムを刻む人や、楽団の置いた帽子におひねりを入れる人、あるいはその場で踊りだしてしまう陽気な人まで。もはや即席のパーティー会場のようだ。


「なにあれ!? 見に行こう!」

「う、うん……!」


 エミルの腕を引っ張り、広場へと駆け出すルーナ。

 彼女もこの楽団の奏でる旋律に、心を捉えられてしまったようだった。


「踊ろうよ!」

「ええっ、僕たちが!?」


 既に広場には、数組のカップルが手を組んで踊っていた。ルーナはその姿を見て、我慢できなくなったようだ。

 ダンスなんてやったことのないエミルは、全くといって乗り気ではなかったのだが、……対するルーナが「いいから、いいから」と半ば無理矢理連れ出したせいで、2人は広場のど真ん中で手を組み合っていた。


「僕、こんなの踊ったことないよ……」

「ふふふ、私も!」


 不安を漏らすエミルをリードするかのように、ルーナはその手をぎゅっと掴んだ。そして、右足、左足とステップを刻んでいく。

 ゆっくりとした、しかし、軽やかなリズムだ。本当にやり方なんてこれっぽちも知らなかったけれど、見様見真似で2人は踊り始めた。


「私も、……混ざる」

「おい、駄目にきまってるだろ。そっとしておいてやれ」

「むう……」


 2人に割って入ろうとするセレスを窘めるライル。ぷくっと頬を膨らませているのは先程にも見た光景だが、今これを邪魔するのは流石に可哀想だ。

 なぜなら――2人の間にはとびきりの笑顔が溢れていたからだ。


「ふふ、2人のステップ、ぐちゃぐちゃじゃない」

「ああ、全くだな」

「……私の方が、上手い」


 足が絡まったり、手が変な形になったり。非常にお粗末な踊りではあったものの、当の2人は今や何も気にしていない様子だった。

 そんな様子を見て、更に嫉妬を爆発させるセレスだったが、ライルにまたもや窘められて押し黙る。


 やがて――ジャン、という弦楽器の音が響いたとともに、曲は終わりを迎える。

 途端に、辺りを包み込む大きな拍手。決めポーズを取った2人は、いつのまにか注目の中心にあった。


「……目立っちゃったね」

「……そうだね」


 ルーナは街でも有名人だ。ただ歩いているだけでも目を引くというのに、そんな彼女が広場のど真ん中で踊っていたとなれば、注目の的になるのも当然の話しだ。

 顔を赤くするエミルを連れ、逃げるように人混みに紛れるルーナ。

 そんな2人の間には、いつしか笑顔が広がっていた。


「私は、そろそろ行かないと。みんな待ってるし」

「そうだよね」


 もうすぐ日が暮れる。ルーナもエミルも、家に帰らないと行けない時間だった。

 楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。エミルは少し寂しそうな顔をしたが、それを見たルーナはすかさず笑顔で語りかける。


「エミル、今日は誘ってくれてありがとう。とても楽しかったよ」

「いやっ、あの、僕のワガママに付き合ってくれて……その、ありがとう、ルーナ」


 楽しかった――その言葉を聞いた瞬間、エミルの口角が上がった。

 決してお世辞ではない、ルーナの本心からの言葉に、なんだか自分の不甲斐なさが救われたような気がした。


「ふふ、また誘ってね」


 いたずらっぽく笑う彼女の姿に、エミルは目が離せなかった。青いマフラーを着けてくれているのが、とても嬉しかった。

 ふわりと跳ねる銀色の髪、そこから生える大きな角、服からはみ出てぷらぷらと揺れる尻尾。それすらも可愛いと思えて、種族なんてもう関係ないと思った。


「…………分かった!」


 彼女の小さな背中に向けて、エミルは大きな声で応えた。



 ――かくして、エミルのデート大作戦は成功のもとで幕を閉じた。


 星降祭でエミルが祈った願い。これが叶うのかどうかは分からないが……今日はそこへ一歩近づいたことは間違いないだろう。

 騎士2人はエミルの頑張りに陰ながら称賛を送り、一方のセレスは嫉妬から来る恨めしそうな視線を送っていた。


「……ルーナ」

「えっ、どうしたの? 怒ってる!?」

「お菓子作り」

「ごめんってば。大丈夫、分かってるよ、約束忘れてないから!」


 砦までの帰り道、セレスはやけに甘えていた。いわゆる、ルーナロスである。

 いくらエミルと遊ぼうとも、セレスのポジションが揺らぐことはないというのに。そんな傷心の彼女の頭を撫でながら、ルーナは苦笑いを浮かべるのだった。

 

 なお、後日ルーナが「一緒にお菓子作りの刑」に処されたのは、言うまでもない。

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