125.目覚め
「セレス……セレスぅ……」
「ルーナ、大丈夫。ここにいる」
……あれ、これは夢? それとも現実?
「セレス?」
ふわふわとした頭。ぽかぽかと窓から差し込む太陽。
これは、セレスだろうか。優しい声にほだされて、気分はとても良い。
「ここは……どこ?」
「ベッドの上」
そうか……朝だ。私は今、夢から覚めたんだ。
その声を頼りに、私は今セレスの膝の上で丸まっているということに気がつく。なんで私はいつのまにかセレスに膝枕をしてもらってるんだ?
……ちょっと、昨日から遡って考えよう。
えっと、確か……昨日はセレスの住処にお邪魔して、なんかいろいろ持って帰ってきて……それから、えーと、なんだっけ?
まだ上手く回らない頭を無理やり働かせながら、私は昨日あったことを思い出そうとしていた。
「ルーナ、うなされてた。悪い夢?」
そんな思考を中断するかのように、セレスが私へそう問いかけた。
確かに……なんだか長い時間を過ごしたような気がしなくもないけど、……うーん、えーと……あんまり思い出せないや。
でも……ただひとつだけ言えることがある。
「悪い夢、ではなかった……かも」
「良かった。おはよう」
寝ぼけ眼を手でぐりぐりとこすりながら、見上げたセレスの表情は、なんだか凄く懐かしく感じた。
◇
「散々な目にあった……」
アイラとセレスに左右の手をぎゅっと握られながら、私はトボトボと通りを歩いていた。
私がここまでヘトヘトな理由は、あらゆる人間から
「ルーナ、私たちから離れないでよ」
「わ、わかってるってば!」
わかってるよ、アイラ。それは私が悪いんだけど……悪いんだけどさ!
今日一日、アイラから何度も何度も、耳にタコができるくらいに言われた言葉だ。
私のことを心配してくれるのは分かってる。私もアイラのことが好きだし、困らせてやろうなんて思ってない。
でも、あのときのセレスをひと目見て、私は直感的についていかないといけないと思ったんだよ。セレスも私の大切な友達だし、彼女が抱えている悩みは解決してあげたい。
いや、ただ洞窟に遊びに行っただけのような気もするけど……でも、セレスがそれを望んだのなら、私はそうしてあげるべきだと思った。
実際、セレスの過去を――まだ全然詳しくは知らないけれど――少しだけ知るきっかけになったから後悔は全くしていない。もし同じことがもう一度あっても、私は同じ道を選んでいると思う。
……でもさ、でもさ! ちょっとだけ私の愚痴も聞いて欲しい!
わかってるよ? セレスと私じゃ、騎士たちの間で扱いが違うってことは。
でもね、私ばっかり怒られるのはなんかズルくない!? セレスが一番の元凶だというのに、私ばっかり捕まえられてさ!
「セレス、ずるい!」
……やり場のないもどかしさは、ここにぶつけておこう。
「?」
不思議そうに首を傾げるセレスに、私はふうとため息をついた。
まあ……なんだかんだいって、セレスの今の表情はどこか晴れ晴れとしている。
少しでも元気になってくれたのなら、私の努力も無駄ではなかったということだろう。きっと。
「セレス、そういえば『師匠』ってどんな人だったの?」
少し通りを進んだところで、私はふとセレスに質問をする。
だがセレスは、ぱたりと足を止めた。
「何故、ルーナ知ってる?」
「え、それはだって、いや……あれ? どこで聞いたんだっけ」
なんだか頭にずっと残っていた言葉なんだけど、そういえばどこで耳にしたんだろう?
昨日今日の記憶を遡ってみたけど、セレスはそんなこと一言も言っていなかったような……。
「ルーナ?」
「な、なに!?」
唸りながら考えていると、急にセレスが私の顔をぐいっと覗き込んできた。
急接近するセレスの丸い顔。その突然の行動に思考を中断せざるを得ず、私は思わず後退りした。
なにか言いたげに私に詰め寄るセレスに、がっちりと身構える私。しかし返って来たのは、拍子抜けする一言だった。
「かわいい」
「……え、なに」
セレスはそれだけを口にして、また正面を向いた。
えっ? 本当に言いたかったのはそれだけ?
……私には、セレスの行動が全然ワカラナイヨ。
とはいえ面と向かって言われると、さすがに小っ恥ずかしいな。
戸惑いながら顔を赤くする私をよそに、セレスは懐かしそうに空を見上げた。
「師匠は、すべて教えてくれた。魔法も、生き方も」
「その師匠って人、凄い人なんだね」
「師匠は――変だった」
「へ、変……?」
流石に私も困惑せざるを得ない。
セレスに変と言わしめるとは、よほど師匠は変な人なんだろうか。……あっ、いや、もしかしたらドラゴンかも。
「その師匠は今どこにいるの?」
「死んだ」
あっけらかんと答えるセレスに、なんだか私は気まずくなった。
そうだよね、セレスが魔法を教えてもらったなんて……何百年も前の大昔のことのはずだもんね。
そこまで想像力が働かなかったことを少し後悔しつつ、私は素直に謝った。
「……それは、ごめん。悲しいこと聞いちゃった」
「いや……近くにいる」
「えっ、どっちなの! 近くにいるの!? 怖いよっ!」
神妙な顔でとんでもないことを言い出したセレスに、私はデカい声でツッコむ。
それって幽霊的なアレですか!? いくら師匠が変な人だからって、そんなのが現れたら夜眠れなくなっちゃうよ!
「……あっ、でもセレスがもう一度会いたいって言ってたのは、師匠のことなんだよね?」
「そう」
「それならきっと叶うよ」
とはいえ、師匠はセレスの恩人である。当然、悪い人ではないのだろう。
だから、まだ生きているのなら、私たちの近くにいるのなら、きっとその願いは叶うはずだ。なぜなら、流れ星に願ったのだから!
……幽霊みたいに出てくるのは、さすがに勘弁してほしいけど。
「それなら……嬉しい」
私と繋ぐ手をぎゅうっと強く握りながら、静かにセレスは呟いた。
もう時刻は夕方だ。日も落ちてきたし、そろそろ流れ星も見えるようになるだろう。数日に渡って続く星降祭、まだまだその勢いは衰えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます