126.守り神
「ティーナ、ごめんねぇ……」
「いえ、私の方こそ。……それに、私は後悔していませんわ!」
夕日で赤く染まる広場。こってり絞られたルーナとクリスティーナが、お互いに謝り合っていた。
彼女らを嬉しそうに見つめるのは、この一連の事件の中心にあるセレスであった。
本当は、巻き込むつもりなんてなかった。
すべては自分の問題だと――2人には関係のない話だと思っていた。
2人にはバレバレだったけど、気持ちが沈んでいることを表にするつもりもなかった。
でもルーナとクリスティーナには、すべてお見通しだった。いや、そもそも隠すのが下手すぎたというのもあるが。
そんなセレスの抱える悩み・苦しみを、2人は知ろうとしてくれた。理解しようとしてくれた。過去の思い出も感情もすべて、分かち合おうとしてくれた。
もちろんそれは、友達としてセレスを心配してのことだ。
だから嬉しかった。2人は、過去に囚われていた自分に未来を見せてくれたのだ。
前の日よりも幾分と明るい表情となったセレスは、自身の腕に装着されたブレスレットを眺めた。
「でも私たち盗賊みたいなことしかしてないよね……?」
「ええ……確かにそうですわ……。実は私たち、なにもしていない……?」
「そんなことない、大丈夫。嬉しかった」
実はあまりなにもしていないんじゃないかと、今更ながら気付いてしまった2人に、セレスは慌ててフォローを入れる。
よくよく考えれば、2人がやったことといえば、セレスの住処を探索して、なんかいい感じの物を色々持ち帰ってきただけだ。セレス本人から何かを聞き出せたわけではない。
だがセレスは、本心から喜んでいた。
2人のやったことは無駄ではない。むしろ、ずっと何百年も抱えていた苦しみを、少しだけ和らげてくれたような気がするのだ。
この持ち帰った物だって、セレスにとっての大切な思い出の塊だ。死蔵させておくよりもずっと良い。
それに……それ以上に、2人が自分のことを知ろうとしてくれた。それがとても嬉しかった。
セレスにとって、「友達」という存在は初めてだ。最初、王都で出会った時はその概念を理解することすら出来なかった。
だが――今なら分かる。
「知ろうとしてくれて、ありがとう」
◇
「うちの娘たちが迷惑を掛けた。申し訳ない」
「いえ、クリスティーナが自らついていったのです。むしろ迷惑を掛けたのは、娘の方ですよ」
無許可で街の外へ飛び出し、たくさんの人間に迷惑を掛けたことは事実だ。セレスはともかくとして、ルーナとクリスティーナは相応の罰を受けることとなる。
実際、クリスティーナは1ヶ月の外出禁止令を言い渡された。「星降祭の終了後から」という条件付きなのは、父たるハーディーの慈悲だ。
「……やけに嬉しそうだ」
「ええ、何しろ初めてのことですからね。理由を聞けば『友達のため』だと」
「友達のため、か。それにしては大冒険だが」
「困ったものです」
「ああ、本当に」
ウェルナーとハーディーは、困ったものだとお互いに笑いあった。
同じ年頃の娘を持つ保護者として、色々と共感できることが多いのだろう。
「すまない、話が逸れたな。実は見てもらいたいものがある」
「クリスティーナから聞いているよ」
ウェルナーは、持参した箱からあるものを取り出した。
「これが、例の品だ」
「ほう……見事ですね……」
それは他でもない、3人が持ち帰ってきた豪華なティアラだった。はじめルーナが装着しているのを見た時は「可愛らしい」という感想しか浮かばなかったが、よくよく観察するととんでもないものであることに気付いた。
「
「正解だ。偽物だとは思いたいが……おそらく本物だろう」
「私も……そう思いますね」
ハーディーは真っ白な手袋を着け、繊細な手つきでティアラをくまなく観察した。
専門家ではないにしろ、このような宝飾品に対して多少は目が肥えている自信はある。だからこそ、ハーディーは驚いたのだ。どの部分をとっても偽物だと否定できる要素がなかったからだ。
「なにせ、本人が持ってきたのでしょう? たとえこれが仮にレプリカだとしても、相当な歴史的な価値がありますよ」
「その通り、騎士団が持つには勿体ない代物だ」
冗談っぽく言うウェルナー。
とんでもないお土産を持ち帰ってくれたなと、彼は呑気な顔のルーナを思い浮かべた。
「……ですが、なぜ今更になってセレス様はこれを持ってきたのですか?」
「それが問題だ。まだ我々にはその意図が掴めていない」
ウェルナーはそう言いながら、新たに別の箱を取り出した。
「これは……なんです?」
「これも、持ち帰ってきたものだ。ルーナのポケットや鞄から見つかった」
テーブルの上に並べられたのは、古ぼけた指輪やブローチ、白色の光沢を持つ石ころや何らかの動物の角など。骨董屋に並べられているようなラインナップに、さすがのハーディーも困惑気味だ。
「これらと、ティアラとの関係……あるいは、セレスティア本人との関係が知りたい」
「こちらが本題というわけですか」
どうみてもガラクタにしか見えない品々だが、ハーディーは早速その特異性に気がついていた。
「魔導具ですか……」
「ご明察だ」
ウェルナーが持ち出した品、そのどれもに術式が刻み込まれていた。魔力の供給手段が無いため、今この術が活性化することはないが、おそらく何かしらの手段を用意すればまだ動くものもあるかもしれない。
「困りましたね。私は魔導具に関しては明るくありませんから」
「心配には及ばない。うちの部隊に詳しいものがいたからな」
第7班をはじめとした魔道士部隊には、このような魔導具に詳しい者も少なからずいる。既にその解析を大まかに終えていたウェルナーは、その概要を伝える。
「どのような効果を及ぼすのかは調査中だが、その者によると『よく分からない』とのことだ」
「というと?」
「あまりにも複雑で細かい術式のため、解析に膨大な時間を要するとのことらしい」
たしかに、ハーディーが試しに手にしたブローチには、非常に細かく、複雑に入り乱れた術式が緻密に刻まれていた。
可読性は皆無に等しく、どこがどう作用し合っているのかを推測するのは至難の業だ。かといって無闇矢鱈に試運転させるわけにもいかない。どのような効果を及ぼすのか全く推測できない上に、そもそも術式が作成当時の完全な状態で残っているという保証もなく、意図しない挙動を示す可能性も考えられるからだ。
だがそんな術式の模様を見たハーディーは、なにか思い当たることがあるようだった。
「あの……これには、見覚えがあります」
「なんだ?」
「お持ちします」
ハーディーは席を外し、自室の方へと向かっていった。そして少しして戻ってきたときには、綺羅びやかな装飾の施された化粧箱を手にしていた。
「これは……この地域に伝わる”守り神”伝承の遺物です」
なんの変哲もない、平べったい石板のように見える物体。だがやはり、そこには術式が刻まれていた。これも魔導具である。
その術の複雑さは……よく似ているように感じる。
「守り神か……聞いたことがないな」
「ええ、なにせ最低でも500年は前の話ですから。ただ少数ながら資料は残っていて――」
ハーディーは、本棚にある膨大な書籍からある一冊を取り出した。
「――これは約100年前に、口伝をもとに編纂された資料です。書かれているのは荒唐無稽な与太話ばかりなのですけれど……これは?」
パラパラと本を捲っていたハーディーは、とあるページで手を止めた。
「どうした?」
「いえ……これを」
「……まさか」
そこに記されていたのは、”守り神”を描いたとされる似顔絵だった。
細い線で描かれていたのは、可憐な女性の顔。ぱっちりとした瞳、丸っこい輪郭、そして愛らしい笑顔。曰く、特徴は白銀の美しい髪と金色の瞳だという。
あまりにも既視感のあるその外観に、ウェルナーは思わず呟いた。
「……ルーナ、か?」
そんなわけがないのにも関わらず、思い浮かんだのは彼女の姿だった。
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