123.夢(2)

 木々の生い茂る山の頂き。

 真っ黒な竜は地面を踏みしめ、体中に魔力を巡らせていく。そして口元に集められたその多量のエネルギーは、一気に実体となって放出される。


『なんだ、物覚えはいいじゃないか』


 放たれた白い炎の玉は、一直線に空気を切り裂き、数百メートルは離れた山の岩壁に直撃した。破裂音が大地をびりびりと揺らし、着弾地点からは白煙が立ち上がる。少ししてその煙が晴れると、そこには大きなクレーターが出来上がっていた。


『もう一度やってみろ』

『……………………』


 セレスは表情を変えず、さきほどと同じように魔力を集中させる。その度に爆炎が何度も響き渡り、山の表層はどんどんとその地形を変えていった。


 そんな練習が、何日も、何日も。本当に数え切れないほど長い間続いた。

 これは持てるだけの知識と技術を与えるため。

 いつしか彼女は、”私”を「師匠」と呼ぶようになった。



『ようやく板についてきたな』

『……うん』


 私の知るよりも幼い姿のセレスは、こくりと頷いた。

 まだ幼い女の子の見た目をしたセレス。だがその頭からは角、そしておしりからは尻尾が生えている。人化魔法を使えるようになったばかりで、まだ完全にその姿になりきることまではできない。”私”が使う完璧な人化魔法とは大違いだ。


 真っ白なワンピースに身を包むセレスは、”私”の指示で川で服を洗濯していた。

 流水で布同士をこすり合わせて揉み洗い、そして平べったい石の上に服を広げてたたき洗い。まだまだ覚束ない手つきだけれど、そもそも服の数自体が少ないので時間がかかっても問題はない。


『なんで、これ、つける?』


 セレスは服をごしごしとこすり合わせながら、カタコトの言葉で、”私”に問いかけた。


『さあ? 何故だか知らんが、人は服を身につけるのが普通らしい』

『変』

『そうだ、奇妙だよな。だが服を着ていないと、向こうが我々を変だと言うんだ。面倒な話だよ』


 ”私”は困ったように眉をひそめた。

 そんな話をしている間にも、セレスはすべての服の洗濯を終えたようだ。木製のたらいの中に衣類を移し、がばっと持ち上げる。

 あとは戻るだけ。セレスと”私”は、森の中の獣道を歩きながら住処へと帰ろうとしていた。


『ししょー、人、好き?』

『さあな』


 道中、セレスは不思議そうに”私”へと問いかけた。

 対する”私”は首を横に振りながらそう言ったが、セレスはより一層分からないといった様子で首を傾げた。


『ならどうして?』

『難しい質問はやめろ。面白いから、それだけだ』

『ししょー、変』


 セレスの忌憚のない物言いに、”私”は思わず肩を竦める。

 ここ最近ようやく言葉を覚え始めたが、こういった生意気な発言が増えた。非常に困ったものだ。


『お前、言ったな? ……それなら見に行くか、人』


 だがこれはいい機会でもあると、”私”は思った。人を見に行く――つまり、人の住処へ出かけるのだ。

 そんな提案に対して、セレスはこくりと頷いた。




 翌日。

 街道と言うには少々物足りない砂利道を抜けながら、近くの集落へと向かっていた。

 セレスは洗濯したばかりの真っ白なワンピースを身にまとい、そしてそれらを全て包み隠すかのように真っ黒な布を被せられた。この布は、セレスのまだ未熟な人化を隠すためのものだ。足元が覚束ないのは、視界が著しく狭いからだ。


 林の中をしばらく歩き、ようやく集落が見えてきた。

 なんてことないただの小さな農村。だが”私”にとっては、顔なじみの場所でもあった。


『貴方は、まさか……』

『守り神がおいでなすったぞ!』

『こんな小さな村を気にかけてくださるなんて』


 ”私”と目が合うやいなや、村人たちの表情はみるみるうちに驚愕へと変わっていた。この前来たばかりだというのに、やけに大袈裟なものだ。


『……友達?』

『馬鹿言うな』


 友達なわけがない。見当違いなセレスの問いかけに、”私”は呆れながら言った。

 村人たちは大層恭しく、”私”のことを守り神と呼んだ。そしてその存在を有難がるかのように、頼んでもいないのに祈りを捧げ始めた。

 そんな儀式に心底面倒くさくなったのか、”私”は冷たい口調で村人に告げる。


『御託はいい。望みはなんだ』


 その威圧感のある一声で、祭だなんだと騒ぎ立てていた村人たちは一気に押し黙ることとなった。

 しかし――そんな中でも、ひときわ年老いた男が、”私”とセレスの前に躍り出る。


『ひとつ……よろしいでしょうか……』

『構わん、言ってみろ』

『ええ、実は――』

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