122.夢(1)

 私は、夢の中にいる。


 自分でそれがわかるってことは……これは明晰夢ってやつ?


 なんだか体がふわふわと浮かんでいるみたいで、ずっとここにいたくなるような気持ちよさだ。


 ふふふ、夢ならなんでもありだよね。美味しいごはんをたくさん出したり、屋台で無限に買い食いしたり。


 でもどうしてだろう、思考がうまくまとまらない。


 私が、私じゃないみたいで……溶けるようだ。











 ――ここは、どこ?


 いや、違う。

 ここは知ってる。確か……ティーナと一緒に行った、セレスの住処の洞窟の中だよ。さっきまで私たちが、探検していたあそこ。


『どうした、自暴自棄にでもなったか? ここは私の住処だぞ』


 ”私”が喋っている。目の前には……怪我をしたセレスがいる。

 真っ黒な体表はめくれ上がり、その隙間からドロドロと血が流れ出していて……呼吸は荒く、胸が激しく上下している。

 大丈夫かなぁ、とても苦しそうだ。


 でも”私”は、そんなことお構いなしといった様子で、セレスに向けて言葉を投げかけた。


『助けを求めてここへ来たんだろう。なのに、することといえば威嚇だけかい?』


 セレスは、”私”に対して口を大きく開ける。自らを強く見せることで、敵を威圧するのが威嚇の目的だ。

 だがそんな大怪我をした状態で、威圧感が発生するはずもなく――セレスはすぐに弱々しく地面にへたりこんだ。


『はぁ……私はつくづくお人好しだねえ』


 大きくため息をついた”私”は、そんなセレスに対して術を構築する。


 ――それは、私にはまったく理解できないものだった。とても複雑で、高密度で、精密な魔法。


 そんな凄まじい魔法を、”私”は難なく組み上げていく。

 今まで味わったことのない魔力のほとばしる感覚が体を伝う。四肢の隅々に至るまで魔力が巡り、全身がびりびりと痺れるようだ。


『生意気だ。とても生意気な奴だ!

 でもその度胸だけは認めてやろうじゃないか』


 ”私”は完成させた魔法を、一気に解き放った。


『グオオォォォォッ……!!』

『我慢しろ。成竜だろう』


 苦しそうに唸り声を上げるセレス。

 だがその声とは裏腹に、セレスの体にできた傷はみるみるうちに塞がっていく。それは、ただただ奇跡であるとしか形容できなかった。


 そして……ものの十数秒程度で、セレスの治療は完了した。


『黒竜、アンタ運が良かったね。

 ……さあ、これ以上用がないなら、さっさと自分とこに帰んな。ここは私の縄張りだよ』


 セレスは自分の体を見回すように確認するが、やがて全快していることを確認すると、むくりとその場から立ち上がった。

 ”私”はそんなセレスに対し、冷たくあしらうように背を向けた。直後、バサバサという翼の音が聞こえた。

 少し経ってから振り返ると、そこにはもう彼女の姿はなかった。



『また?』

『グオォ……』


 数日後、セレスはまた洞窟にやってきた。

 またもや傷だらけで、今度は翼の皮膜までもがボロボロになっている。もちろん体からも多数の出血が止まらない。

 前回と全く同じ体勢で、洞窟の隅っこに伏せるセレス。そんな彼女を見て、”私”は大きなため息をつく。


『はぁ……前に治してやったのは、ただの気まぐれだ。今回は無いぞ』


 きっぱりと言い放つ”私”。

 この言葉の意味を理解できているのかは分からないが、少なくともセレスはその場から動くつもりはなさそうだ。

 完全に治療待ちの体勢だ。”私”はしばらく彼女を無視して、自分の寝床で体を丸めた。目を閉じ、彼女の存在なんて忘れようとしていた。


『なんだ。図々しいにも程があるだろう』


 だがセレスは、一向に居座り続けた。荒々しい呼吸が洞窟内で共鳴し、耳障りなことこの上ない。

 だが引き続き”私”は彼女を無視し続けたが、状況は平行線のまま。ただただセレスの息遣いだけが、洞窟内に響き渡っていた。


『あー、もう! 治せばいいんだろう、治せば』


 ついに根負けしたのは、”私”の方だった。

 前と同じように治療魔法を組み立て、セレスに対して発動する。


『私の負けだ。……もう二度と来るんじゃないよ』


 破れていた皮膜は元通りになり、傷も全て塞がった。”私”は呆れた声で、セレスを適当にあしらう。

 快癒したセレスはというと、またいつのまにか洞窟から飛び去っていった。



『えーと……私を治療師だと勘違いしているのか?』

『……………………』


 やはり体からは血が溢れ、皮膜もボロボロ。

 またしても大怪我をしたセレスの三度目の来訪に、”私”は呆れすら通り越して困惑していた。


『黒竜、お前……仲間にやられたのか』


 ”私”は、その傷口を見て気付いたようだった。

 わずかに焦げた体表に、鋭く円形に切り取られたような独特の形の咬傷。おそらくこの傷は、そのすべてが他のドラゴンによって付けられたものだ。


『グオオォォォ……』

『ごちゃごちゃ抜かすな。この世界じゃ、雑魚は淘汰される運命なんだよ。たとえそれが竜であってもな』


 寂しそうに唸り声を上げるセレスに、”私”はぴしゃりと吐き捨てる。

 しかし一方で”私”は、セレスを完全に見捨てることまではしなかった。


『だが……お前には見込みがある。

 私に付き従い、その全てを捧げるのなら、この世で生き残るためのイロハを教えてやろう』


 セレスは、真っ直ぐな瞳で”私”を見つめていた。

 これはたぶん助けるというよりも、面白そうという好奇心が勝っただけのような気もするけど――それでも”私”はセレスに手を差し伸ばし、その体の傷をすべて治療してやったのだ。

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