121.幻のティアラ

「全員無事か?」


 魔道士部隊である第7班の班長、エルマーは背中に銀髪の少女をおぶりながら執務室に現れた。ウェルナーはその姿を一目見て、安堵するようにため息を漏らす。


「この通り。――クリスティーナお嬢様も、我々で邸宅へと送り届けました」

「……それは良かった」


 セレスという優れた護衛がついている。

 そのことも勘案すると、大丈夫だと頭の中では認識しているつもりだったのだが……正直、ずっと気が気でなかった。


「俺にはお前たちの行動を縛る権利はないし、そのつもりもない。

 ――だがセレス、せめて行き先くらいは伝えてくれないか」

「ごめん。でも、ルーナは悪くない。私が連れて行った」

「そうか。……まあ、どちらにしろ今は説教はしない」


 横に並び立っていたセレスだったが、彼女はルーナを背に立ちふさがり、庇おうとした。

 全責任を被ろうとしているのか、あるいは本当にセレスが主導して連れて行ったのかは定かではない。だがそれはそれとして、幸せそうに眠るルーナの顔を見てしまった今、ウェルナーは叱ろうという気持ちにはなれなかった。


「んあ……セレスぅ……」

「姫様は深い眠りの中です。部屋へ連れていきましょうか?」


 ウェルナーの気苦労も知らず、呑気に寝言を言うルーナ。その可愛らしい姿に思わず絆されそうになる。

 そんな彼女を騎士の居室へと連れて行こうとするエルマーだったが、――あることに気がついたウェルナーは、慌ててそれを引き止める。


「おい待て……その頭の飾りはなんだ」


 すやすやと静かな寝息を立てる彼女の頭の上。そこには、ティアラが鎮座していた。

 銀色の透き通るような髪に、儚さすら感じさせる安らかな寝顔。そして、角と角の間に座る、華美な装飾が施された立派な冠。その姿はまるで、本物のお姫様のように見えた。


 そのティアラには、月にも見紛うような綺羅びやかな輝きを持つ宝石が据え付けられていた。これは恐らくダイヤモンドだろうか。

 通常ならば無色透明の輝きを持つダイヤモンドだが、内部に含有する不純物によって稀に黄色みがかかることがある。その貴重さ故か、特に黄色みが強いものは「イエローダイヤモンド」と呼ばれ、無色のものより更に価値が高くなることがある。


「なんでも……セレスのねぐら・・・で手に入れたとか」

「それは本当か?」


 ウェルナーは、当事者であるセレスに問いかけた。

 返ってきたのは、肯定を表す頷きだった。


「少し、調べてもいいか?」

「勝手に、駄目」

「この目で見るだけだ、手は触れない。それならどうだ?」

「……わかった、いい」


 セレスは少し不満そうだったものの、完全に拒否するまでには至らなかった。

 了承を得たウェルナーは、早速いつにもまして椅子から立ち上がり、ルーナの元へと忙しなく駆け寄る。

 触れてはならないという条件付きだが、それだけでも十分だ。


「これは、本当なのか……」

「あの隊長、何を……」

「エルマー、動かないでくれ」


 ぐるぐるとエルマーの周囲を歩き回り、ティアラの繊細な装飾の細部に至るまでくまなく観察するウェルナー。

 上官に自分の周りをぐるぐる回られるという、そんな奇々怪々な状況にエルマーは困惑しつつもじっとすることしかできなかった。


 だがしばらくして、ウェルナーはその歩みを止める。

 何らかの結論に思い至ったのか、エルマーはその顔色を伺う。


「エルマー……神竜セレスティアの話はよく知っているな?」

「ええ、もちろん。我が国を救った英雄である黒竜が、王子と結ばれたという話ですよね。そしてその本人がここにいることも――あっ」

「その通りだ。これは、婚礼の際に作られたものだろう」


 突如現れた巨大な黒竜――後の神竜セレスティアが、帝国の侵略から王都を救い、そして紆余曲折あり時の王子と恋仲になったという話は有名だ。古くから――少なくとも300年は前から言い伝えられている、王国に代々伝わるお伽話である。

 そして……その婚礼の儀で、特別なティアラが捧げられたというのは、王国史を詳しく学んでいる者ならよく知ることだ。


「ですが、それは王城に保管されていると……」

「お前は実際にそれを見たのか?」

「……いえ」


 このティアラが本物なのかどうかは、正直なところ分からない。

 だがここにその当事者がいる以上、これが実物であることの信憑性は増している。


「だとしたら、これは……」

「下手な城くらいは当然に買えるだろう。それ以上に、文化的な価値の方が高いが」

「………………」


 もしこれが本物だとすれば……このティアラはとてつもない価値を秘めていることになる。

 当時の熟練のクラフトマンとデザイナーが腕によりをかけ、貴重なイエローダイヤモンドを贅沢にあしらった一点物だ。だからこそ当然、ティアラそのものに大きな価値があることは間違いないし、それは誰の目にも明らかなのだが。

 それ以上に、このティアラは王国史を語る上で欠かせないアイテムの1つであるといえる。故に、文化的・歴史的な価値は計り知れない。


 現在、直接身につけているのはルーナであるとはいえ、エルマーは間接的にそのティアラを運んでいたことになる。エルマーはその重大さにようやく思い至り、言葉を失った。


 だがここで、ウェルナーの中でもう1つ疑問が生まれる。


「だとしたら何故、そんな大切なものをルーナに着けさせているんだ?」


 ウェルナーは、セレスに対して尋ねた。

 このティアラが本物だとするならば、これはセレスが恋人から贈られた大切なプレゼント。言うまでもなく、とても重要な思い出の品であるはずだ。

 そしてそれを裏付けるように、セレス自身がこのティアラを「大切なもの」と呼んでいるのだ。


 それならばどうして、この大切なティアラを全くの無関係であるルーナに着けさせるのだろうか。ウェルナーの頭の中で、どう考えてもそこの整理がつかなかった。

 思い出の品ならば、セレス自身が身につけることが妥当なのではないだろうか、と。


「これしか、ないから」

「……え?」

「これしか、ない。私と師匠の、思い出が」


 セレスが口にしたのは、思いもよらない「師匠」という謎の人物の呼称だった。


「待て、セレス。何を言っているんだ。師匠とは誰なんだ」

「近くにあれば、思い出して……くれるかな……って」


 ウェルナーの問いに、言葉を詰まらせるセレス。

 間延びしたいつもの喋り方とは明確に異なる、何かを想うようなその所作は、2人とっては初めて見るものであった。

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