120.帰路

「寒いですわ……。あっ、ルーナ、あなた温かいわね……」


 ティーナにカイロ代わりにされながら進む、復路の寒空。悪い気分はしないよ。

 結局1時間ほどかな。セレスのねぐらを探索したあと、私達は元の空路を通って街へ戻ることとなったのだ。

 まあ探索といっても、木箱の中に入っていたガラクタを一つ一つ調べていっただけなんだけどね。


 だからこそ、ティアラ以外のよくわからないアクセサリーやら小物やらのガラクタでポッケがいっぱいだ。

 指輪にブローチ、動物の角らしき物体からやけに綺麗な石ころまで。前者はともかくとして、後者はなにに使うんだって感じなんだけど、一応全部セレスの大事なものではあるらしい。


 あっ、盗んできたわけじゃないよ。セレスにあげるって言われて、仕方なく持って帰ってきただけだからね。

 どれだけ価値があるかも分かんないし、大半がただのガラクタにしか見えないんだけど……正直、宝箱を探し当てたみたいな気分で楽しかった。


「なんだか冒険家みたい」

「秘密基地みたいで憧れるね。一度は住んでみたいかも!」

「…………」


 そんな雑談に花を咲かせていると、セレスが突然上下に激しく揺れた。

 しっかり捕まっていたから大丈夫だったけど、危うく真っ逆さまになるとこだった。危ない、危ない。

 ドラゴンの姿になれば飛べる私はともかくとして、ティーナは落ちたら死んじゃうからね。


「セレス、大丈夫? 気をつけてね」

「……ごめん」


 別に叱ったわけじゃないんだけど、妙に大人しいセレス。

 もうそれなりにセレスとは長いけど、まだまだ全然セレスのこと分かんないや。早く元気になってくれると良いんだけど……。


「それにしても、セレスがここで暮らしてたなんてびっくりだよ」

「この地方には、森の守り神の伝説があるのですが……それが実はセレス様なのかもしれませんわね」

「守り神の伝説?」

「ええ、何百年も前からこの地に住み続ける、土着の神様のお話ですわ。

 なんでも普段は巨大な魔物の姿をしていて、森が荒れないように治めてくれているらしいのだけれど、ときたま美しい女性の姿で人里に降りてきて、様々な施しを与えてくれる……なんて噂よ」


 普段は巨大な魔物の姿、人里に降りてくるときだけ女性の姿――あれ、それって本当にセレスなんじゃ?

 何百年も前からこの地に住んでいて、その目撃情報がやがて伝説になった……とかね。

 神竜と崇められている現状を考えれば、セレスがその「守り神」とやらであるのも頷けるね。


「私は、守り神、違う」


 そう心の中で納得しかけたが、セレスは静かな声でそれを否定した。

 うーむ、良い線いってると思うんだけどなぁ。でも長い事生きているセレスがそう言うのなら、本当のところは違うのだろう。


「でしたら、ルーナがここの守り神でしてよ!」

「勘弁してよ。ただでさえ『女神』とか『銀竜姫』とか、変なあだ名がたくさんついちゃってるんだから」

「あら、お似合いですわよ。

 騎士の皆さんのお仕事にも協力していると聞きますから、名実ともに守り神よね?」

「もう! ティーナまで!!」


 変な二つ名が増えるのは勘弁してほしい! ただでさえ定期的にライルにイジられてるんだから……。

 けらけらと笑うティーナに、私は肩を竦めるのだった。困っちゃうよ。


「……………………」


 セレスの背中の上、そんな他愛もない会話で盛り上がっていたが、――当のセレスはやはりいつにも増して静かだった。






「おい、見つけたぞ!」


 そんな時、背後からハスキーな声が轟く。

 その独特の魔力の気配と、ぶわんぶわんという翼が風を切るような音。

 確信を持って振り向いた先には、案の定真っ赤なドラゴンと……その上に騎乗する黒髪の騎士の姿があった。


「こんな夜中にどこに行っていたんですか。とにかく、無事で良かったです」

「お前ら、早く帰るぞ。私のタダ飯が待ってるんだ……ああ、寒い」


 ヴァルとルルちゃん、2人は疲れたような顔で私達に向けて呼びかけていた。


「あの……もしかして、私たちのこと探してたの……?」

「当たり前じゃないですか。行き先も言わず、急に森の方へ向かうだなんて。皆さんとても心配していたんですからね?」


 ルルちゃんは私をすごく心配していたようで、ぷんぷんと怒っているように見えた。怒ってる姿もかわいいね、なんて言ったら更に怒られそうなので、心の中に秘めておく。

 あとヴァルは……その口ぶりからすると、ご飯を食べ損ねたのかな。


「ごめんなさい……」

「謝れて偉いです。この調子で、隊長にもアイラ先輩にもちゃんと謝ってくださいね。すごく心配していましたから。

 ……特にアイラ先輩、カンカンでしたよ?」


 うげ……それは聞きたくなかったな。

 確かに私が飛び立つ時、そんな感じの雰囲気はしてたけどさ。

 案の定というか、なんというか――アイラ、意外と怒ると怖いんだよねぇ……。


 謝って許してもらえるならまだ良いのだが、前にアイラの剣を勝手に触ったら、めちゃくちゃ怒られた挙げ句に「おやつ3日間抜きの刑」に処せられたことがある。あれはきつかった、ほんとに。


「今、地上部隊も捜索に動いています。彼らと合流しましょうか」

「地上部隊もいるの!? 思ったより大掛かりに……」

「その点は大丈夫ですよ。もともと緊急性が低いことは分かっていたので、動いているのはあの一部隊だけです。

 ……ほら、あの光の列が見えますか?」


 ルルちゃんが指さした先には、森の木々の隙間に灯るオレンジ色の光の点。松明かランタンか、ともかくあそこに複数の人がいるのは確実だ。


「あの岩場に降りましょう。ヴァル、誘導しますよ」

「おう」


 トンとヴァルの背中を叩くルルちゃん。それに呼応するかのように、ヴァルは翼をぐらりと傾けて急降下をはじめた。

 セレスと私達も、その背中に続く。


 そうしてしばらく降下したのち、やがて森の中に2頭のドラゴンが着陸した。

 地上部隊から少しだけ離れたところにある、開けた岩場。木々の隙間から覗く明かりを目指し、私達は歩き始めるのだった。

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