117.大切なもの(1)
「さ……寒いですわ……」
「ティーナ、大丈夫?」
寒空を駆け抜けるセレス。
上空から見る流れ星は最高の景色だが、ここは地上と比べてより寒く、おまけに刺すような冷たい風が容赦なく吹き付けている。
最初は平気な顔をしていたティーナだったが、数分と持たずぷるぷると震えだし、今はぎゅっと私に抱きついてきている。私はわりと平気だけど、この寒さじゃそうなるのは無理はない。
流石にそろそろティーナが凍ってしまうので、私は自分の着ていた上着をティーナに着せてあげた。厚手のコート2枚なので、すごくもっこもこになった。これで幾分かはマシになったはず。
「ねえセレス、私達は一体どこに向かってるの?」
セレスは、どこかを一直線に目指しているようだった。
その視線の先は森のある一点に向けられており、どうやらそこへ向かっているようだった。
「私の……大切な場所」
セレスはそう小さな声で言った。
だが彼女が目指しているところは、鬱蒼とした森のど真ん中だった。眼下に広がるのは、どこまでも続く木の群れ。風が吹くたびに波打つように揺れる枝葉は、まるで大海原のように見える。
ここは、私がこの世界に最初に降り立った地でもあるし、あの
そして……あの日、セレスとはじめて出会った思い出深いところでもあるのだ。
……よく考えてみれば、私と出会う前、セレスはどこで暮らしていたのだろうか。
人間社会によく馴染んでいると言わざるを得ない彼女だが、そうなったのはここ最近の話。王都で暮らしたのち、それから数百年間ぱったりと行方を晦ましたというのだ。
もしかして……セレスは、何百年もこの森でずっと暮らしていたの?
「わわっ」
そんな思考に耽っていたとき、突然おしりがふわりと軽く浮き上がる。お腹の中をぎゅっと持ち上げられたかのような浮遊感が襲い、同時に私達は森の中へと急降下していた。
「落ちますわー!!」
「だ、大丈夫。ちゃんと捕まってね」
そうしてセレスが目指していたのは、森の中の大きな窪地だった。土地を巨大なシャベルでえぐり取ったかのような地形で、一度落ちてしまえば登るのは大変そう。
「ここが……?」
その底へ一旦は降り立った私達。ぐるりと周囲を見渡すが、周囲はすべて急角度の斜面に囲まれていた。
足元はごつごつとした岩と、その隙間から生える雑草で覆われていて、正直歩きづらそう。
だがまあ、それは私とティーナにとっては関係ない。セレスの背中の上に乗ったまま、私達は連れられるかのように窪地をゆっくりと進んでいた。
「ほんとにこっち!?」
セレスが向かっていたのは、斜面にぽっかりと空いた大きな洞窟。ごつごつとした岩がむき出しの空間で、横幅はかなり大きい。
たぶんセレスが翼をいっぱいに広げても余りあるだろう。でもその分高さは控えめ……とはいっても、私を縦に3人分並べられるくらいには高いけど。
でもこんな洞窟の中へ行くって正気なの?
私は驚くような声を上げたが、セレスは何も言わなかった。
「暗いですわ……」
ティーナの出した声は、壁に反響してほのかに震えていた。
中はとても暗くて不気味だ。今は入口からの月明かりが差し込んでいるけれど、向こうはもう何も見えない。
セレスの背中に乗っているから怖いとは感じないけど、本当にこっちで合っているのかと不安になってしまう。
……だってさ、セレスの大切な場所でしょ?
本当にこんな洞窟の中にあるの?
「ちょっと待って」
入口から少し入ったところで、セレスは一瞬立ち止まった。
何をするのかと思えば、セレスは自身の魔力を練りはじめた。ブレスとは違う、穏やかなその流れは、明らかに攻撃用のものではなさそうだ。
そう考察していたところ、セレスの近くからまばゆい光を放つ玉が現れた。
生み出した光の玉は、やがて洞窟の天井付近まで上昇して、ふわふわと漂うように浮いていた。
「ありがとうございます、セレスさん……」
「ん」
それはまるで小さな太陽のようで、私達の足元と行き先を照らしてくれている。そして私達が歩きだすと、追従するようにまたふわふわと移動し始める。
揺らぎのない煌々とした明かりは、すごく周囲が見えやすい。
初めて見る魔法だけど、すごく便利そうだね。今度やり方を教えてもらお。
「ねえ、これはどこまで続いてるの?」
「もうすぐ」
5分ほど、入り組んだ洞窟を進んでいったところで、私たちは更に広い空間へと行き着いた。
洞窟の中とは思えないほどに開けた場所で、まるで壺の中のように下へ深く凹んでいる。谷のようにもなっているそこは、10メートルほどの高さはありそうだ。
私たちのいる地点は、その空間の遥か上の方で繋がっている。底の方に向かうためには、この絶壁を降りなければならないだろう。
まあ空を飛べるセレスには関係のないことだけどね。
ゆっくりと谷底へと降りていく私達。本来は光の届かない闇の世界であるはずだが、セレスの魔法によって不自由なく見渡すことが出来た。
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