118.大切なもの(2)
「広いねぇ……」
「地下にこんな空間があるとは、驚きですわね……」
端から端まで走ったら、たぶん10秒はくだらない。縦にも横にも広い円柱状の空間がそこには広がっていた。
ただ何もないだだっ広い空間かと思いきや、隅の方になにやら茶色い物体が置かれているのに気付く。
「これは……干し草?」
そこには、平たく円形に茶色い干し草が敷き詰められていた。植物など生えているはずないから、明らかにこれは誰かの手によって持ち込まれたものだね。
「私の、寝る場所」
いつの間にか人間体に戻っていたセレスは、干し草の山にばたっと背中から倒れ込んだ。
くしゃりという柔らかい音とともに、草の欠片が舞い上がる。
「ここが、セレス様の寝床……?」
「私もいい!?」
どうやらここがセレスの寝床らしい。たしかに、このドラゴン1頭が丸まれるくらいの十分な広さがある。
うずうずした私は、セレスの返答を待たずして干し草に飛び込んだ。
ふふん、干し草のベッドって一度は味わってみたかったんだよね!
「……ちくちくする」
「本当ですわね」
だがしかし、現実はそう甘くなかった……。
固く尖った干し草の繊維は、私の皮膚に容赦なく突き刺さり、ちょっと痛い。べつに我慢できないわけじゃないんだけど、とてもぐっすり寝れるような状況ではない。
同じように寝転んだティーナも、私と全く同じような感想だったようで、言葉にしがたい微妙な表情をしていた。
……なるほど。ドラゴンの姿だったら、ウロコがあるから大丈夫なんだね。
今は人間の姿だから、肌にも突き刺さると。勉強になったよ。
「でもやっぱりここがセレスのお家なんだね。とても落ち着くね」
「私も、ここが好き」
陽の光が全く入らないという一点を除いて、この洞窟はとても過ごしやすい場所だ。地下にあるおかげか、外よりもむしろ温かい。少しひんやりするくらいの適度な室温で、上着を脱いでも大丈夫なくらいだ。
それに、やかましい魔物の鳴き声も、草木が擦れる音も、風の音すらも――地上からは隔絶されていて、とても静かだ。時間感覚を失ってしまいそうなほどに落ち着いていて、とても心が穏やかになる。
寝床さえ快適なら、ちょっぴり昼寝しちゃってたかも。
とはいえちくちくするので、早々に干し草のベッドから起き上がった私は――服についた小枝を手で払いつつ、そのそばにある箱に目を向けた。
「セレス、この箱はなに?」
蝶番のついた、上開きの木箱。そこそこの大きさがあるけれど、特に装飾などはなく、箱に使われている木材も色がくすんでいる。上面にはたくさんの埃が積もっていて、正直みすぼらしい印象だ。
私の問いかけに、セレスはむくりと起き上がる。
彼女はそのまま私のもとに駆け寄ると、いきなり蓋をがばっと開けた。
「私の、大切なもの入れ」
そういってセレスは、箱の中をがさごそと漁る。大切なものと謳っている割には、結構粗雑に扱っている気がしなくもないが、そもそも彼女が物を所有して保管していること自体驚きだ。
セレスが物に執着するだなんて、少し珍しい。
「あった」
そう呟いたセレス。何かを箱の中で見つけたようだ。
先程までの乱雑な手つきとは異なり、ゆっくりと丁寧になにかを拾い上げている。
「それは……ティアラ?」
「見て」
三日月のように弧を描いたそのアクセサリー。頭に装着するであろう形状をしたそれは、王都で出会った王家の人たちが身につけていたものとよく似ていた。
土台部分は銀色の金属、少し色は黒っぽくくすんでいて、やや古ぼけたような雰囲気だ。一方で散りばめられた金色の宝石たちは、いまだにその輝きを失っておらず、セレスの作り出した光源によってキラキラと輝いている。
その色たるや、セレスの美しい瞳の色を彷彿とさせる。たぶん……すごくお宝だよね?
セレスはそのティアラを掲げたかと思えば、自分の頭の上に載せた。
「どう?」
「ふふ、とっても素敵だよ。かわいい」
「ルーナ……お世辞、いらない。本当は? 似合う?」
褒め言葉を口にしたが、それが一発でお世辞だと見破られてしまった。
ティアラは確かに美しくて綺麗なんだけど、あまりにその主張が激しすぎるのか、正直なところ黒髪かつ落ち着いた佇まいのセレスには、あまり似合っているようには見えない。
神竜と呼ばれているとはいえ、セレスはこういう豪華絢爛さとは真逆な雰囲気なのだ。
「あんまり……似合ってない、かも?」
「そう、だね」
あまりにもセレスが迫真だったために、私は思わず正直にそれを口にしてしまった。その言葉を聞いてか、セレスはティアラをすぐに取り外した。
セレスはそれをすぐに箱へと仕舞うのかと思いきや――私に対して手渡そうとしてきた。
「ルーナ、あげる。私には要らない」
あまりにも素早い動きに思わず受け取ってしまったけど、さすがにこんなの受け取れない。
間近で見るとよくわかるけど、あらゆる部分で意匠の凝らされた装飾が施されていて、とても丁寧に作られているように見える。もはや工芸品のようだ。
私にこれの価値はわからないけれど、少なくとも貴重なものであることはわかる。
……それに、これはセレスの大切なものだ。
私なんかが気軽に受け取って良いものじゃない。
「駄目だよ、これはセレスの大切なものなんでしょ?
とても美しいティアラだし、別に変じゃないと思うし、私はべつに――」
「大丈夫。私は、嬉しかった」
「う、嬉しい……?」
「同じこと、言われた。似合ってない、って」
言われた?
その口ぶりからすると、私以外にも同じようなことを考えた人がいたってこと?
「セレス、それは誰なの?」
「私の、大切な――」
セレスはそこまで言ったところで、言葉を詰まらせた。
彼女のその瞳は、見たことがある。なにかを想うような、あの星空を見つめていたときの目だ。
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