116.セレスの願い事

 数々の流星が空に溢れ出したために、隣で行われていた雪合戦もいつのまにか終了している。

 みんなして空を見上げ、目を凝らして流星を探している。ひとつ流星が走るたびに、私達からは歓声が上がる。何度見ても美しい。

 ルカも興奮気味に飛び跳ねていた。


「凄ぇっ!! やっぱ綺麗だなー!!」

「ええ……たくさんのお友達とこの景色を見れて、とても嬉しいですわ」


 その横に並ぶティーナは、彼とは対照的にしんみりとした雰囲気だった。

 だが急に横に立たれてびっくりしたのか、ルカは思わず一歩後退りし、ティーナから絶妙に離れようとする。


「ルカ君……どうして遠慮するのかしら。あれほど私に雪玉を当てていたくせに」

「あっ、あれは、しょうがないだろ!?」

「しょうがないなら、私は貴方とお友達じゃないと言うの?」

「そんなこと言ってねえって!」


 あれだけ雪玉をぶち当てていたくせに、いまさら遠慮するかのようにティーナと距離を取ろうとするルカ。案の定それを追求され、さらにルカは涙目になっていた。


「そういえば、みんなは願い事した?」


 そんなルカは放っておくとして、私はエミル以外にもどんな願い事をしたのか聞いてみた。


「当たり前だ。私はしたぞ」

「えっ、なになに~?」


 そんな中で、一番に手を挙げたのはヴァルだった。

 こういう人間の行事には興味がなさそうなイメージだったけど、意外や意外、ちゃんと願い事を考えていたようだ。

 これはすごく気になるぞ。私は身を乗り出して、どんなことを祈ったのか尋ねた。


「それはな――給料が上がりますように、だっ!」

「…………へえ、ヴァルらしいね」


 どれだけ働くんだ、このドラゴンは。バイト三昧のヴァルは、やっぱり願い事もお仕事関連だった。

 あれだけ真面目に働いているんだから、その願いはそのうち叶うと思うよ。流石に。


「ねえ、セレスはどんなことをお願いしたの?」


 次に私はセレスにも同じことを尋ねてみた。

 今まで聞くに聞けなかったけど、ティーナとともに楽しそうに雪合戦をしている姿を見れば、なんだかイケそうな気がしたからだ。


 だがセレスは、私のその質問を聞いた瞬間、突然じっと押し黙った。

 その静けさたるや、まるで時が止まったかのようだった。


「……セレス?」


 なにも言わず、ただセレスは空をぼーっと眺めていた。その瞳は、誰かを想うような、穏やかであるも哀愁に満ちた色をしていた。

 なにか……この流星を見て、思い出すことがあるのだろうか。


 だが私は、そんな態度を取り続けるセレスに、何も言わずにはいられなかった。


「ねぇ……セレス、ずっと変だよ。なんで何も言ってくれないの?

 セレスのこと、すごく心配なんだよっ?」


 私はセレスの肩を掴んで揺さぶった。

 さらさらとした黒い髪が、ふわりと揺れた。


「ごめん」

「謝らなくていいの。私は大丈夫だから。私にできることだったらなんでもするよ?」


 セレスは無理に笑顔を作ろうとしてみせたけど、いつも無愛想な彼女には微塵も似合っていなかったし、案の定その目の奥には喜びの感情は見えなかった。


 言い方がすこしキツくなってしまったのは、少し反省だ。

 でも違う、違うの、セレス。私は謝ってほしいんじゃなくて、セレスにもっと元気になってほしいの。

 いつものぼーっとしてて、甘えたがりで、すごく優しいセレスに戻ってほしいだけなんだよ。


「――……似てる」

「えっ?」

「ルーナ、私の願い、知りたい?」


 セレスは星空から私へと視線を移すと、いたずらっぽくそう言った。先程までの、悲しそうなセレスはもういない。

 私はその雰囲気に気圧されるように、こくりと頭を振った。


「じゃあ、来て」

「えっと、それはどういう――」


 ――だがその刹那。

 困惑する私を置いて、セレスは目の前からいなくなった。

 そして、いきなり嵐のような強い風が吹き荒れ、私は思わずよろけそうになる。巻き上げられた雪であたりが真っ白に曇り、数メートル先ですらよく見えない。


「お前ら、大丈夫か!?」


 背後から薄っすらとアイラとライルの声が聞こえる。たぶん、なにか大変なことが起こったと察知して、私達のもとに駆け寄ってくれているのだろう。

 だが私は、これが危機なんかじゃないと既に解っていた。


 だからこそ私は、目の前に降り立った真っ黒な巨体に、ゆっくりと近づく。


「セレス……」


 その姿は、漆黒に染まる巨大なドラゴン――神竜セレスティア、そのものだった。

 彼女がなぜこの姿になったのかは分からないが、……とにかく私は、セレスがなにを考えているのか知りたかった。


「乗って」


 私はセレスに言われるがまま、その黒い巨体によじ登った。ちょっとした崖くらいの高さがあるけど、表面がごつごつしているので登るのは難しくない。

 どこに連れて行かれるのかは分からないけど、これできっとセレスの悩みの原因がわかるはずだ。


 飛び上がろうと、大きな翼が縦に振れたところで、下の方からまた別の声が聞こえてきた。


「私も、一緒に行きますわ!」


 いつのまにか、セレスに対して立ち塞がっているのは、他でもないティーナだった。

 彼女は、セレスの正体を知っている数少ない人物。そして、セレスの元気がないこともよく分かっている。だからこそ彼女も、私と同じような気持ちだったのだろう。


「……………………」


 セレスは何も口にしなかったが、それは否定の意味ではない。

 ティーナは私の手も借りつつ、同じようにセレスの背中に跨った。


 そんな準備も待たず、セレスはすぐにふわりと浮き上がった。地上にものすごい強風を巻き起こしながら、どんどんと地面から離れていく。


「みんな、ちょっと行ってくる! バイバイ!!」

「ルーナ、どこに行く気なのー!?」


 私は慌てて、地上にいるみんなに手を振った。これは私の意志でついて行ってますすよー、ってことをアピールしておくためだ。

 アイラがその目的地を尋ねてきたけど、私も知らない。残念ながら、これはセレスの気分次第なのだ。


「わかんない、すぐ戻って来るから!!」

「なにそれ!? 隊長にどう説明したらいいのよ!!」


 多分だけど、アイラは怒っていた。あれは駄目なヤツな気がするよ。

 そんな叫び声もあっという間に聞こえなくなって、私はどこか遠い目をした。


 ごめんね、アイラ。

 あとで謝るから、ゆるして。本当に!

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