115.流星
四方八方から雪玉が飛び交う戦場を決死で抜け出し、私はしれっと広場のほとりにあるベンチに腰掛けていた。
同じことを考えていたのか、いつしかエミルも同じように避難してきた。
「ルーナ、雪が……こんなについてるよ」
「エミルの方こそ、頭が真っ白だよ」
全身雪まみれになった姿をお互いに笑いつつ、エミルは髪についた雪の塊をとってくれた。髪に絡みつくほどの量で、その激しさがよく分かる。
そんな私たちのすぐ側では、今も相変わらず激しい争いが巻き起こっている。
「ルーナ、どうしたんだよ!」
「疲れたから休憩ー」
「そうか、ちょっと休んで――ぶふっ」
「よそ見」
私を気にかけてくれていたルカだったが、会話の途中でセレスの投げた雪玉をもろに食らった。ちゃんと手加減はしているみたいだけど……それでもちょっと痛そうだ。
ちなみにティーナは、途中でセレスと結託して、連携して雪玉を投げることにしたようだ。ティーナが雪玉の生産係で、セレスが投擲係。2人とも楽しそうで何よりである。
……よくよく考えれば、ティーナはここの皆とは初対面のはずだ。やや人見知りをする彼女がこれだけ上手く馴染めているのは、ルカやエミルの人当たりの良さのおかげなのだろうか。
それとも、出会ってすぐの雪合戦という謎の状況が功を奏したのか。
ちなみにルカは、ティーナが領主の令嬢だと知ったときは若干顔を引き攣らせていた。だが今更攻撃を止めるわけにもいかず、ややちょっと遠慮気味に雪玉を投げている。その所為かやや劣勢になってる。
「おい、だから2人は卑怯だって言ってるだろ!」
あとヴァルの動きも、はじめに比べると悪くなってきている気がするけど……これは恐らく寒いからだろう。
ヴァルが寒さに弱いのは、今日に始まった話ではない。
ぷるぷると震えながらも、きゃんきゃんと吠える様子はまるで小型犬みたいだ。たぶんこのことを本人に言ったら、めちゃくちゃ怒られる気がするけどね。
「ルーナ、もうすぐ夜だね」
集中砲火を受けたヴァルの、悲鳴にも近い叫び声を横目にしつつ。
エミルが真上を見上げながら呟いた。既に日は落ちつつあり、空は群青色に染まっている。
「そうだね……ってあれ、流れ星はいつ見れるの?」
「うーん、どうだろう。もうすぐじゃないかな」
今は明るい星が数個ほど薄っすらと見えるだけ。流れ星が来る気配は、いまのところない。
流星は数日間ほどかけて一気に飛来するらしいんだけど、もしかしたら見逃しちゃった? そろそろ見えてもおかしくないよね……?
そう話しながら、私達は薄れゆく空を見上げ、じっと目を凝らしていた。
だが5分ほど待ってみても、一向に流れ星がやってくる様子はなかった。すぐに飽きた私は、一旦アイラの元へと向かおうと立ち上がった。
「うーん、来ないねぇ。私、おやつ貰ってくる」
「あっ、アレっ!」
「えっ、なになに!?」
エミルが空を指さした。おやつに気を取られていたところだったので、慌てて振り向いたが、そこには何もなかった。
「流れ星だよ! ルーナ、見た?」
「見逃しちゃった……」
どうやら、せっかくの星をみすみす見逃したようだ。むぅ、私の食欲がもっと少なければ!
しょんぼりとしながら、私はベンチにもう一度腰掛けた。
今の見逃しの所為で、おやつ欲も消え失せてしまった。
「大丈夫だよ、流れ星はたくさん見れるって――あ、ほら!」
「ほんとだ!!!」
だがすぐに、次のチャンスは巡ってきた。
エミルが励ましてくれている最中、天球の右側にピッと一筋の光が走る。
薄暗い夜空を切り裂くような明るい軌跡は、紛れもない――流星だった。
――いや、それだけではない。
ひとつ、またひとつ。大小様々な流れ星が、空を駆け抜けてゆく。ペンで紙に一本の線を引くかのように、きらきらと輝く星があちらこちらで流れていく。
とても綺麗。直前まで騒がしくしていた私達だったが、その光景に思わず息を呑み、ついに黙りこくってしまう。
「……あっ、願い事しないと!」
少々見惚れてしまっていたが、私は大事なことをひとつ思い出した。
願い事――この流星に願いを伝えると、次の星降祭までに叶うという言い伝えがあるらしい。そしてこれこそが、星降祭の最も重要なイベントだ。
この星たちに願いを込めて、次の星降祭までの幸せと安寧を祈る。これこそがこの星降祭が長きに渡って行われる理由のひとつなのだ。
私はこのことをエミルに伝え、そして次に星空へと向き直ると、流星に向けて願いを込めた。
「ねえ、エミルは何をお願いしたの?」
ふと横を見ると、エミルは手をぎゅっと握り合わせて願い事をしていた。これが星降祭の正式な祈りのスタイルなのだろうか。
ただエミルは、なんというか妙に一生懸命だった。
一体全体どんなことを願っているのか、私は少し気になってしまった。
「えっと……」
しかし私の問いかけに対して、エミルはもごもごと口ごもった様子で、願い事の内容は教えてくれない。
「どうしたの? もしかして……言えないこと?」
「そっ、そういうわけじゃないけど!!! ……ただ」
「ねえねえ、教えてよ~」
私がそれを追求すると、なぜだか頬を赤くするエミル。そんなに言いたくないの?
そんな彼の様子が面白くなって、ついついからかっていると――エミルは耐えきれなくなったように大きな声で私に言った。
「ルーナは! なにを、お願いしたのっ!?」
「わたし? ……ふふん、それはね」
エミルはなんだか必死な感じだった。
なぜそこまで頑なに願いを言いたくないのか分からないけど、とはいえ人に聞くなら自分も言うのが筋ってものだよね!
だから――私は伝えた。
「ずっとみんなと一緒にでいれますように!」
「えっ?」
「願いだよ。私の、一番の願い事」
少しでも長く、毎日が変わらずに続きますように。
これが、私の願いごとだ。
私は周囲をぐるりと見渡した。
セレスにティーナ、ルカ、ヴァル――アイラにライル。それだけじゃない、ここには居ない隊長さんやルルちゃん。騎士のみんなに、この街の人々。今まで出会った色んな人。もちろん、エミルもね!
たくさんの人と会い、たくさんのことを教えてもらった。
みんなとても優しくて良い人たちだし、なにより私にとってかけがえのない人たちだ。
……私は一度死んだ身。こうやって生まれ変わっていること自体、信じられないような奇跡だと思う。まさかドラゴンになるなんて思わなかったけど。
だからこんなことを言うのは、すごく贅沢かもしれない。
でもね。私にとっては、この世界は凄く輝いて見えるんだ。
「そ、そっか……そうだよね。ルーナらしくて、良いと思う……」
なーんて、結構良いことを言った気がするんだけど、エミルはなんだか微妙な顔をしていた。
うーん、響かなかったかぁ。もっとこう、具体的な感じのお願いをしたほうが良かった?
「私らしい、のかな?」
「……………………」
エミルは何も言ってこなかった。
私はこてりと首を傾げつつ、「まあでもこれが私の本心だから」と心の中で締めくくった。
きっといつかは別れの日がくるのかもしれない。
だからこそ、噛みしめるように毎日を大切にしていこう。明日も、明後日も、ずっと続いていくこの日々を。
……ところで、なんでエミルはさっきからずっと頬を赤くしてるの?
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