114.雪合戦
私とティーナとセレス、この3人で街を散策するのは王都以来だ。
領主邸に遊びに行って、紅茶をたしなみながらお喋り……みたいなのはあったけどね。
仲良く並んで手を繋ぎ、薄っすらと雪で覆われた石畳を踏みしめる。
やることは変わらない。他愛もないおしゃべりしたり、屋台で買い食いしたり。取り留めるようなことはなかったけれど、私の顔から笑顔が絶えることはなかった。
「セレス様、お祭りだと言うのに元気がないですわよ?」
路端で肉串を豪快に頬張るティーナ。お嬢様らしさの欠片も……いや、やってることは豪快なんだけど、節々がお上品だ。ちょっと悔しい。
そんな彼女は、セレスの顔を見て不思議そうに問いかけた。
「そういうティーナは楽しそうだね」
「そ、そんなことないですわ……!? このお肉が美味しいだけで……」
ティーナはぽっと頬を赤く染め、今度は少し恥ずかしそうにしながら肉串を齧った。さっきよりも一口が小さくなった。
外でこうやって遊ぶ機会も多くはないだろうし、きっとティーナは今日のお祭りを心待ちにしていたはずだ。なんだか終始そわそわしているような感じで、楽しさを隠しきれていない。
口では素直じゃないけど、きっと彼女に尻尾がついていたら、今の私みたいにぷるぷると揺れていただろうね。
「ふふ、確かに美味しいね」
私も同じ肉串にぱくりと齧り付いた。
王都で食べたのとは違って、塩がメインのシンプルな味わい。香り付けにまぶされた香草が、いいアクセントだ。
「セレスも! 食べよっ?」
「……私は、大丈夫」
セレスはふるふると首を横に振った。
今日一日セレスはずっとこんな感じ。いつもなら私に意味もなく抱きついてきたり、膝に乗せようとしてきたりするんだけど、今日はそれすら一切ない。
雰囲気もなんだか暗い感じで、せっかくの星降祭だというのに悲しそうだ。
いや、もともと無口で無表情だから、違いは分かりづらいんだけどさ……でも明らかに、元気がないのは確かだよ。
理由を聞いても、セレスは教えてくれない。お祭りの前からその兆候はあったけど、今日は一段と酷い。
体調が悪いというわけではなさそうなんだけど……原因がわからないから、対処のしようがないんだよね。うーむ、困った。
「そんなこといわずにさ、ほら」
強硬手段。私はセレスの口の中に、やや強引にお肉を突っ込んだ。
だが意外にもセレスは抵抗することなく、一欠片の肉を口に含んだ。
「ね、美味しいでしょ?」
「うん……美味しい」
もきゅもきゅと音を立てながら咀嚼するセレス。
でも、その表情はやっぱり浮かばないようだった。
「……………………」
そんな私達の一連のやり取りを見て、ティーナは何故かちょっと引いていた。
たぶん……神竜に対して、ご飯を無理やり食べさせようとしたことに驚いているのかも。
私はこの国の歴史とかには明るくないから分からないけど、ティーナにとってセレスは偉人みたいなものだからね。様付けだし。
まあ私にとっては、そんなこと以上にセレスは大切な友達である。美味しいものをたくさん食べて、早く元気になって欲しいんだよ。
「喰らえっ!」
――そんな時、セレスの顔の近くで何かが弾けた。
べしゃり、という柔らかい音とともに、セレスの頬は真っ白に染まる。
白く弾けたそれは、雪の塊だった。少しだけ水を含んで柔らかくなったそれは、セレスの顔にべったりと張り付いている。
「はは、見たか! ざまあないな!
黒竜め、油断しすぎなんじゃないか?」
声のした方を見ると、ヴァルが仁王立ちで高らかに笑っていた。
コートとマフラーと手袋という重装備で身を固めた彼女。その両手には、二発目、三発目となるであろう雪塊が握られていた。
よりにもよって、一番元気がないセレスを狙うなんて! 奇襲攻撃とは、ずるいぞ!
「やったな!? セレスの仇ぃー!」
……ふふ、ヴァルは私を怒らせたね。セレスの代わりに私が反撃してやる!
「ぶへっ」
ヴァルに応戦するかのように、私は咄嗟に雪を握って投げた。
しかしその雪玉は、急ごしらえのいびつな形状だった。私のコントロールの悪さも相まって、ヴァルを狙った筈の雪玉は横にいた別の人に直撃する。
「やったな、ルーナ! お前、覚悟しろ!」
ルカは顔についた雪を拭うと、そう宣戦布告した。
彼の横にはエミルもついていて、2人は目を見合わせると地面の雪をもとに玉をつくり始めた。困った、敵が増えてしまったぞ。
――だがもう、そこからは酷かった。
はじめはそこまで激しくない雪合戦だった。
セレスとティーナも私に加勢してくれて、ヴァル・ルカ・エミル軍と3対3でやり合う形だった。
「後ろががら空きだぞ!」
「うひゃあ」
「うおっ、お前の雪玉だけ無駄にデカいんだよ!」
「そんなことないもーん」
しかし数分ほど経った頃には、両軍とも当初あった陣形は崩壊。
互いが「数撃ちゃ当たる戦法」をとっていたせいでフレンドリーファイアが続出。仲間割れが相次ぎ、最終的には敵味方入り乱れる泥仕合に陥ることとなる。
もはや個人戦だよ。ヴァルとルカとエミルの3人はお互いに攻撃し合って、共倒れしそうだし。
あと、そもそも勝利条件もよくわからない。たぶん倒れたら負けのサドンデスな気がする。
そんな乱戦の中、ひたすら私達は雪を投げあった。
……もちろん、喧嘩じゃないからね!
すごく楽しかったよ!!
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