109.大雪(2)
「おまたせ!」
「準備万端だな。手伝ってくれるか?」
ライルからシャベルを手渡される。私とセレスとで2本分、先端が直線上の金属製のものだ。
早速、柄の部分をぎゅっと握って、私たちは雪かきに取り掛かる。
先を地面の雪に突き立てて、ぎゅっとすくい上げるが……
「……ちょっと大きすぎたか」
私の首くらいまでの高さのある大きな大きなシャベルだったので、全身を使ってようやっと扱える状態。そんなので重たい雪をすくうことは、体勢上無理があった。
雪にぐさりと突き刺さり、びくともしなくなった柄。それを無理やり引っ張ると、なにも起こることなく、その場でからんころんと転がるだけ。
その上には、申し訳程度の量の雪が乗っていた。
こんなの全然意味ないよ!
どう考えても非効率過ぎる雪かきに、私はうなだれた。
そんなとき、ふと正面の門から元気ハツラツでハスキーな声が聞こえた。
「おい、ルーナ! 来てやったぞ!!」
「ヴァル!」
真っ赤な髪を揺らし、くるりと丸まったドラゴンの尻尾。そこには、元気よく手を振るヴァルの姿があった。
彼女は黒の分厚いコートを身にまとい、その上から更にもふもふのスカーフを被っている。もちろん手袋もブーツもしっかりとした厚手のもので、私達を遥かに超える寒さ対策を施していた。
「……もしかして、ヴァルって寒いの苦手?」
「そ、そういうわけじゃない! ……が、なんでお前らはそんなに薄着なんだよっ!」
ヴァルはスカーフの中に口元をうずめながら叫んだ。
……そういわれてもねえ、別にめちゃくちゃ寒いわけじゃないしさ。
私はセレスと顔を見合わせながら、お互いに首を傾げた。
「ヴァルは今日お仕事はないの?」
「大雪だから、店は閉めてなんかお祭り? の準備に専念するんだとよ」
「なるほどね。それで私達とお話しに来たんだね!」
「誰がお前なんかとお話するか!」
騒がしいヴァルに、なんだか微笑ましい気持ちになる。
ヴァルの方は相変わらず寒そうにしているけど、もしかして火山に住んでいるからなのかな。……最近は専らここでバイト三昧みたいだけど。
そんなことを考えていると、作業中のライルが私達の話し声を聞きつけてやってきた。
「おう、赤竜様じゃねえか」
「なんだよお前……ってか、お前もなんて格好してんだ!」
ライルに対し、いちゃもんをつけるヴァル。
そんなライルは、着ていた制服を腰に巻き、薄手のシャツ1枚でシャベルを握っていた。確かにこの季節には相応しくない格好だけど、雪かきというのは重労働。暑くなって脱いじゃうのも、別に普通だろう。
……というか、ライル以外の男の騎士は割とそうしている。なかには上裸のヤバい騎士もいるけど、あれは例外だね。
「馬鹿、さっさと着ろ! 見ているこっちまで寒いだろうが!」
「なんだ、お前寒がりか? 俺は暑いから脱いでいるんだよ。このくらい、体を動かしていれば大した事ないぞ」
「あ、暑いって……」
「やってみるか? 案外楽しいぞ?」
ライルは、シャベルを突き出した。これで雪かきを手伝え、ってことだろう。
「けっ、誰が人間の手伝いなんてするかよ」
「でもお前、店で働いているだろ」
「あれは、
ヴァルはそう言い捨てて、そっぽを向いた。
なぜここまでお金に固執するのかは知らないけれど、対価がないとやってられないという意見も一理ある。
私もみんなに褒められたくて手伝ってるし!
「ああ、まあ、それは隊長に相談すればいいんじゃないか?」
「そうなの?」
「あの人、お前らドラゴンには甘々だからな」
ライルはへらへらと笑いながら言った。
だがその背後に大きな影が迫っていることに、まだライルは気づいていなかった。
「誰の話をしている?」
「げっ、隊長!?」
その重圧のある低い声に、ライルはぴくりと飛び上がった。
「サボっている奴がいないか、見に来てみたんだが……」
「申し訳ありません、持ち場に戻ります!」
ニヤリと笑った隊長さんは、わざとらしく周囲をぐるぐると見回してみせた。当のライルはと言うと、ぴきぴきとした壊れたロボットみたいな変な動きをしながら、遠くの方へと逃げていった。
「隊長さん、ライルはサボってたわけじゃないよ?」
流石に可哀想なのでライルの擁護をしておく。
隊長さんは怖い人じゃないってのをみんなに知らしめたいんだけど、どうも上手くいってる気がしないよ。
「そうか、お前の顔に免じて許してやろう」
でもやっぱり隊長さんはとても優しくて、そう微笑みながら私の頭を撫でた。
よかったねライル、私に感謝してね。
「それで、彼女が我々の仕事を手伝ってくれると聞いたが?」
「私はそんなこと、一言も言ってねえぞっ!? 給料もねえのに、誰がそんなことやるってんだ」
「何もタダ働きさせようってわけじゃない」
隊長さんのその一言に、ヴァルの尻尾がぴくりと一瞬動いたような気がした。
「隊長さん、いいの?」
「ああ、せっかく人間に協力してくれるんだ。報酬を出すくらい、やぶさかではないぞ」
隊長さんは、ヴァルにも聞こえるようにちょっと大きな声で私に言った。
ふーん、これが「金の暴力」ってヤツですか。大人って怖い。
でもその威力は絶大で、ヴァルはその場でぴくぴくと体を震わせていた。おそらく、自分の欲望と闘っているのだろう。
「ま、まあいいだろう! 私がいれば、すぐにこの仕事も終わるからなっ!」
どうやら欲望には勝てなかったようだ。
金に目がくらんだヴァルは、すでに隊長さんのところへ駆け寄っていた。もはや生粋のアルバイターだ。お金の前にはプライドもへったくれもないってことだろうか。
……でもあんなに働いて、なににお金を使うつもりなんだろうか。
「おい、ルーナ、サボってないでやるぞ!!」
「えっ、ちょっと!」
ヴァルが私の腕を掴む。その反対側には、すでにシャベルが握られていた。い、いつのまに拾ってきたんだ……。
雪が積もった地面はとても滑りやすく、ずりずりと私の体は引きづられていく。ってか、力強くないっ!?
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