第5章 星降祭

107.星降祭

「えへへ……もう食べられないよ……」


 私はたくさんの食事に囲まれていた。ステーキに唐揚げ、ハンバーグ、焼き魚、コーンスープ、そして色とりどりのサラダボウル。

 直視できないほどに眩しく輝くその光景に、私はよだれをじゅるりと垂らすのだった。私のお腹からはぐぅと間抜けな音が鳴り、尻尾は相変わらず横に激しく揺れている。


 もう待ち切れない! さあ食べよう!

 そう思い、口を大きく開いたところで――背中の方から誰かの声が聞こえた。


「ルーナ、ご飯の時間よ」


 アイラ、何言ってるの?

 私は今からご飯を食べようとしていて――


「ルーナ、……ルーナ?」


 私はここにいるよ!

 ご飯は今から食べるし、アイラも一緒に――――……



「ルーナ、起きなさい」

「ふぇ……?」


 体を揺らされたことで、私の意識は急激に浮上する。


「私のご飯は……?」

「何を言ってるの? 今から晩ごはんだって」

「……………………」


 ようやくそこで、今まで見ていた光景が夢であったことに思い至った。

 まだ霞んでいる目を腕でぐりぐりと擦ると、アイラの顔が見えた。私を覗き込みながら、呆れたような表情をしている。


「もしかして、夢の中でも食べていたの?」


 アイラの問いかけに、私は悲しげな表情で頷いた。

 ……残念ながら、その夢で見た大量のご飯を食べそこねてしまった。あれだけの豪勢な食事、たとえ夢であったとしても食べておきたかった。

 アイラが悪いんじゃないんだけど……そうなんだけど……、


「うん…………ただ、夢の中で食べそびれちゃって」

「でも今から、もう一回食べられるでしょ?」

「あ、そっか!!」


 そうだった、これからご飯の時間なんだった。

 そういえば、なんだかいい匂いがするような気がする! たらふく食べれば無問題だよ!


 私の下がっていた機嫌は、すぐに急上昇した。

 ふんふんふん、今日は何かな~。ステーキ? 唐揚げ? それとも、ハンバーグ?



 今日のメインディッシュは、茶色いスープだった。中にはゴロゴロと大きなお肉や野菜が入っていて、そのとろみからスープ全体がどろどろしている。

 私はほろほろになった肉をスプーンで潰しながら、大きな口を開けてかぶりつく。

 ハヤシライスにも似ているんだけど、それよりもクリーミーでまろやかな味わいだ。非常に美味!


「おいし~!」

「ルーナ、ほら、口ついてる」

はひはほうありがとう


 アイラが私の口についた汁をナプキンで拭ってくれる。

 向かい側の席には、ライルとルルちゃんが並んで座っていて、美味しそうにスープを啜っている。なんだかこうやってこの4人が揃うのは久しぶりな気がする。


「そういえばさ。みんな最近、忙しそうだよね」

「そりゃあ、3日後の準備があるからな」

「準備?」


 ライルはそう自慢気に言った。実際、彼らはここ一週間ほど忙しそうで、あまりこうやって時間が被ることはなかった。その日によってアイラと食べたり、ルルちゃんと食べたり。

 特には気にしていなかったけど、3日後になにかあるってことだよね?


「お前、聞いてなかったのか?」

「私は全然……。

 いや、うーん、なんか『楽しいこと』があるって聞いた気がするような……」


 私がそう言うと、ライルは小さく笑った。

 そしてスプーンをまるで教師のもつ指示棒のように振ると、私目掛けてびしりと指した。行儀悪いよ、ライル。


「ははは、その通り、とても楽しいお祭だぞ。

 10年に1度、王国全土で行われる祭典――その名も『星降祭』だ!」

「おお~! よくわかんないけど凄そう!!」


 お祭りというワードに、私のテンションは更に高まった。なんだかメルヘンチックな言葉の響きで、とても興味がそそられる。


「この日は、流星がたくさんやってくるの。それを祝うのが星降祭ね」

「ああ、この期間ばかりはどこもかしこも休みだ。俺たちは相変わらず仕事だが」


 どうやら星降祭の「星降」とは、流れ星のことのようだった。

 昔から続く伝統的なイベントで、この星降祭の期間中はお店もお仕事も、大体お休みになるらしい。要は祝日ってことだね!


「あれは子供の時だったが、数日間毎日お祭り騒ぎで最高だぞ」

「そうなんですか。私は初めてなので楽しみです!」


 みんな、10年前といったらまだ子供のときだ。ライルは懐かしそうにその時のことを思い出している。

 一方でルルちゃんは、星降祭は初めてのようで、私と同じ新鮮な表情を浮かべている。

 そんな私はセレスに尋ねてみることにした。長く生きているセレスなら、何度も何度もこの流れ星を見てきたはずだ。


「セレスはお祭りは初めて?」


 私がそう尋ねると、セレスはゆっくりと首を横に振った。やはり、セレスは以前の星降祭に参加したことがあるみたいだ。

 私は椅子から身を乗り出して尋ねた。


「どんなだった!? 綺麗??」

「ルーナ……、覚えてない……?」

「覚えてないって……えっと、私は初めてだから……分かんないかな」

「……そっか」


 なぜだかセレスは寂しそうな顔をして俯いた。

 私はこの世界に生まれてまだ1年も経ってない赤ん坊だから、見たことないのはしょうがないよ!

 

 でも……もうすぐお祭りだというのに、浮かない顔をしているのは何故だろうか。

 ここ最近は特に、セレスの元気が無いような気がする。星降祭でなにか嫌なことでもあったのだろうか。


 あまりにも悲しい顔をするので、私は言葉を掛けて元気づけることにした。

 何があったのかは分からないけど、きっと皆で過ごすお祭りは楽しいはずだ。だから私は、セレスといっしょにお祭りを満喫したい。


「一緒に楽しもうよ! 私、セレスと一緒に遊びたい!」


 案の定というか、なんというか。

 セレスの表情はたちまち花が咲いたように明るくなった。


「……うん」


 こくりと頷いたその姿は、いつものセレスだったよ。

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