【閑話】アルベルト隊長(後編)

「えーと……神竜が突然現れ、ウェルナー隊長を乗せて、赤竜とともに飛び立った。そして、襲撃されていた先遣隊を援護し、フェンリルの集団を撃退した、と」

「はい、その通りです」

「……頭が痛くなってきましたね」

「全くです」


 第8隊がこの地を発ってから少し時間が経ち、アルベルトは一連の騒動の後始末に追われていた。

 アルベルトの前には報告にやってきた騎士が一人。彼から受け取った紙束には、今回起こった出来事の顛末が事細かに書かれていた。一応事前に概略は聞いていたし、ウェルナーからも直接様々な報告を受けていたが……改めてまとめられると、どこからツッコんで良いのかわからない。


「フェンリルの方の調査はどうなりましたか?」

「現時点での報告はここに――この、20頁目です」


 報告に来た騎士の指すページを開くと、フェンリルの調査結果がまとめられていた。

 それによると、現場で確認されたフェンリルには、その個体によって異なる複数の特徴が見られたとのこと。具体的には、毛色や尻尾の形状に差が見られたとある。


「つまり、複数の群れが混在していたということですか」

「調査にあたった者は『縄張り争い』だと……」

「ふむ……」


 あくまで現時点での予想にはなるが、導き出された答えは縄張り争い。つまり、フェンリル同士の生活圏が重なったことによって起こった、抗争なのではないかということ。

 もしその予想が正しいとすれば、赤竜はそれに巻き込まれた形になる。多勢に無勢とはこのことだろうか、安寧を脅かされたのは実は赤竜の方であったのだ。


「ルーナ殿には感謝しなければなりませんね。解決の糸口を作ったのは彼女ですから」


 散々赤竜への対応に苦慮していた第10隊。だがそもそも、行動のアプローチが間違っていたというのは、今になったから分かることだ。

 フェンリルが原因だというのは、赤竜本人に聞いて初めて分かったこと。

 それをルーナは、たった十数日の滞在の間に聞き出してみせた。ドラゴンと対話を行うなど、決して彼らがいなければできなかったことだ。


「今や赤竜も、向こうで上手くやっているようですよ」

「それは何よりです」

「なんでも、街で働いているのだとか」


 あろうことか、第8隊は赤竜までをも懐柔してしまったようだ。

 アルベルトは赤竜の言動を思い返す。赤竜――ヴァルは、人に対して敵対的ではなかったにしろ、別段友好的な態度でもなかったはずだ。

 なぜここまで、人の社会に溶け込むことができているのだろうか。ウェルナー隊長の手腕には驚かされるばかりだ。


「……想像以上ですね」

「全くです」


 二人は、つい数分前と同じやり取りを繰り返した。




「隊長、失礼します!」


 そんなとき聞こえたのは数回のノックの音。すぐに執務室の扉は開かれ、そこにはまた別の騎士が立っていた。

 ……だがその騎士の横から現れたのは、第10隊ではない人物たち。


 アルベルトは驚いた。

 なぜなら、この訪問は全く予定になかったものだからだ。


「お久しぶりです。第8隊7班所属のルルと申します」


 その片方は、黒髪の若い女性騎士だった。

 ぺこりと頭を下げる彼女の姿に、アルベルトはどこか見覚えがあった。


「突然の訪問で申し訳ありません。がどうしても皆さんに会いたいとのことでしたので、付き添いに参りました」

「……そんなこと言ってないぞ」


 彼女の背中に隠れるのは、一人の赤髪の少女。だがその頭からは角が伸びており、背中からはみ出るように角の先だけがチラッと見えていた。

 噂をすればなんとやら。その来訪者とは、エストラーダの赤竜こと、ヴァルその人であった。


 そしてアルベルトは、この黒髪の騎士がどういう人物だったかをここでようやく思い出した。

 彼女はあろうことか赤竜の背中に騎乗して、フェンリルに対する攻撃を上空から行ったという、ぶっ飛んだ新人騎士だ。自身の部下からそれを聞いたときはかなり驚いたものだが、「第8隊ならそれもあり得ることだ」と飲み込んだのが記憶に新しい。


「わざわざ足を運んでいただいたのはとても嬉しいですが……会いたいというのは?」

「ヴァル、行きましょう」


 ルルは、ヴァルの肩をぽんと軽く叩いた。

 当のヴァルは妙にそんなぎこちない動きで、その頬は緊張からか紅く染まっていた。そんな彼女はゆっくりとアルベルトの前に歩み寄ると、その重たい口を恐る恐る開いた。


「あー……お前らが、いたから……私は……その……」

「大丈夫ですよ」


 もごもごとして歯切れの悪いヴァルに対して、ルルの応援の声が届く。

 それを聞いたヴァルは、覚悟を決めたかのように表情を固めた。


「えっと………………………………ありがとう」


 最後の方はとても小さな声で、本当にギリギリ聞き取れるか聞き取れないかくらいの声量だったが、なんとかアルベルトの耳に届いた。


「ふふっ」

「なっ、なんだよ!」

「いえ、なんでもありませんよ。

 ですがその言葉は、ルーナさんやセレスさん、ひいては第8隊の皆さんに言ってあげてください。我々はその手伝いをしたまでです」


 粗暴なのかと勝手に思っていたが、意外にも律儀な性格にただ驚くアルベルト。

 その感謝の言葉を素直に受け止めつつ、赤竜の抱える問題をすぐに察知できなかったことを心のなかで反省した。


「ヴァル、良かったですよ」


 そう言って、ルルはヴァルの頭を撫でた。「そ、そうか……?」と微妙な表情をしていたヴァルだったが、一方でその尻尾はゆらゆらと揺れていて、どちらかというと満更でもない様子だった。


「ああ、それからアルベルト隊長――実はウェルナー隊長から追加の報告書を預かっております」


 それからルルより手渡されたのは、厚い紙束の入った封筒――と、くわえて一通の手紙。


「あの、この手紙はなんでしょう?」

「すみません、私も内容までは……」


 アルベルトは不思議に思い、その手紙をすぐに開封した。中からは白く無機質な便箋が。差出人はもちろんウェルナーであった。

 その文章をアルベルトは流し読みする。

 そして最後まで読んだところで、彼はヴァルに対して優しく語りかける。


「ヴァル殿、もしお腹がすいたら、我々の食堂を自由に使ってくださって構いません」

「な、なんだよ急に」

「ウェルナー隊長から、そのような通達がありました。あなたは騎士たちを守ってくださった”仲間”ですから」

「…………わかった、考えておく」


 手紙に書かれていたのは、ヴァルの扱いについての細かい解説のようなものだった。たしかに彼女は気難しい性格ではあるから、ドラゴンの扱いに長けている第8隊からアドバイスを貰えるのは非常に助かる。

 だがその一言目が「困ったときは美味しいものを与えると良い」なのは、如何なものだろうか。


 アルベルトはそう手紙を読みつつそう思ったが、彼は知る由もない。

 ヴァルが仕事をしているのは、「お金を稼いで美味しいものを食べるため」であるということを。



「すみません、案内ありがとうございます」

「いえいえ。ですが……突然でしたのでとても驚きましたよ。

 まさかドラゴンの上に人が乗っているとは思いもしませんでしたし。……怖くないんですか?」

「大丈夫です、ヴァルはとても上手ですから。凄く速いのに、全然揺れないんですよ!」


 隊長の執務室に案内をした騎士は、ルルの話へ興味深く耳を傾けている。

 一方、その会話の流れで褒められたヴァルは、これみよがしにと胸を張っていた。


「なあルル、私たちは今どこに向かってるんだ?」

「食堂ですよ。もう昼過ぎですから、なにか食べさせてもらいましょう」

「ああ、そうだな」


 あくまでクールに答えたつもりのヴァルだったが、内心喜んでいることは筒抜けだった。尻尾が揺れているのもそうだし、そもそもニヤニヤが隠しきれていない。


「おふたりとも、仲が良いんですね」


 案内役の騎士が言うが、ヴァルはその言葉に反応する。


「勘違いするな! 仲が良いわけじゃないぞ」


 ヴァルはあくまでそのスタンスを維持し続けるようだ。

 だがやはり先程から尻尾が揺れ続けているので、その心は未だ筒抜けである。

 案内役の騎士は、そんな2人を見て「姉妹のようだ」と微笑ましく思った。




 ――エストラーダの赤竜。

 かつては悪い印象しかなかったその言葉だが、徐々にその雰囲気は変わりつつある。

 その発信源は、この地に務める騎士たちだ。美味しそうに食事にがっつく彼女の姿を見て、悪い印象を抱く人間はもはやいない。

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