【閑話】アルベルト隊長(前編)

「俺は、俺達は、――夢でも見てんのか……?」

「第8隊は……神竜まで手懐けちまったのかよ」


 ドラゴンの上に跨るのは、第8隊の隊長ウェルナーとある新人騎士。

 現場に残された第10隊の騎士たちは、小さくなっていく2つの影を呆然と見送りながら、その情景をありありと呟いた。



 ――彼らにとって、ここ数日は驚きの毎日だった。


 ここ半年ほどのこと、”エストラーダの赤竜”による襲撃事件が頻発していた。狙われるのは主に商隊の馬車。その大質量に襲われれば、木や布という簡素な素材でできた車体はひとたまりもない。

 幸いなことに死人は出ていなかったが、その襲撃の目的も分からない以上、油断することはできない。現に怪我人も複数報告されているのだ。


 とはいえ相手はドラゴン。迂闊に戦って勝てるような相手でもない。

 それにそもそも、今王国内は神竜セレスティアの300年ぶりの出現により、ドラゴンに対する信仰心が高まっている。いくら人に害をもたらしているからといって、その命を奪えるほどの大義もなかった。

 ならばと、被害の抑制のために生態調査を行おうとしたが、その出現地点にはあまり規則性が見られない。空を飛ぶので追跡すらも困難という有り様。

 要は八方塞がりであった。


 そこで満を持して助けを求めたのが、第8隊だった。

 彼らは、第10隊の拠点から北側に位置する森林地帯を管轄する。第10隊同様、王国の中心からは外れた辺境部隊なのだが……そんな彼らが注目を集めたのは、ここ数ヶ月のこと。


 ――森の銀竜姫。

 驚くべきことに、そのような呼び名を持つドラゴンが、第8隊の砦内で生活しているという話だった。

 幼体ではあるものの、非常に高威力のブレスを放つことができ、それでいて性格は温厚。しかも言葉を話すことができ、人間との円滑なコミュニケーションが可能。それどころか、魔物の討伐や迷子の捜索などの任務に協力し、人間たちとの深い友好関係を築いている。


 第10隊の隊長であるアルベルトは、そんな噂を聞いてすぐに手紙を書いた。

 この「銀竜姫」ならば――そして彼女を手懐けた第8隊の騎士ならば、赤竜騒動を解決することができるのではないか。そう考えたからだ。




「えっと、ルーナです。よろしくおねがいします……」


 その手紙を送ってから数週間ほど、彼らが街にやってきた。

 とある女性騎士に抱かれながら小さな声で自己紹介をする彼女に、アルベルトは驚いた。想像していた以上に人に懐いていたし、なにより可愛らしかったからだ。

 「森の銀竜姫」なんて大層な二つ名から想像するのは、もっと荘厳で優雅で偉大なドラゴンの姿。だが実際にやってきたのは、どちらかというと”小動物”だ。


 恥ずかしがり屋で甘えん坊なその姿には、今までドラゴンに抱いていたイメージを覆された。いい意味で。まるで小さな女の子を見ているかのようで、ウェルナーと会話するその姿はまるで親子のようだった。




 ――だが、それから。

 怒涛の日々が訪れることとなった。


 到着の翌日に、彼らが向かったのは浜だった。拠点に隣接するいわばプライベートビーチ。もともとあった「バカンスも兼ねる」という連絡の通り、ルーナを初めとする第8隊の面々は、はじめから海を満喫する気でいたようだ。


 まず初めに驚かされたのは、ルーナの人化魔法だ。

 まだ不完全で、角や尻尾を隠すことまではできていないが、それを除けば見た目は人間の女の子だ。かつて神竜セレスティアが使ったと言われる文献上にしか存在しない貴重な魔法。それがまさか目の前で見れるとは、アルベルトは予想だにもしていなかった。


 そして次に驚いたのは、その日の夕方のこと。

 建物を揺らすほどの爆音に、アルベルトは思わず執務机から立ち上がった。

 結論から言うと、神竜セレスティアとエストラーダの赤竜が同時に出現したとのことだった。報告に来た騎士が興奮気味に震えながら述べる。


「黒いドラゴンが突然現れて……赤竜を吹き飛ばして消えました」

「……分かりました」


 アルベルトは、それ以外の言葉を発することができなかった。

 だがその一連の騒動の後、彼は更に驚くことになる。


「実は彼女が神竜セレスティアだ」


 第8隊の隊長であるウェルナーは、平然とそう言ってのけた。

 確かに違和感はあった。騎士たちに紛れる黒髪の少女――ルーナはともかく、彼女の存在は騎士の部隊からすると異質なものであった。だがそれが神竜セレスティアの人間体であるとするならば、合点が行く。第8隊が彼女と同行し、今回の任務にも随伴させている訳も。


(助けを求めて、正解……だったのでしょうか?)


 アルベルトはこの時理解した。

 ――第8隊は、凄まじい力を隠し持っていたのだということを。

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