106.友達
「美味しいね、これ!」
「ルーナ、このハチミツ味も食べる?」
「食べるっ!」
「だろ? 俺の親父、マジで凄えんだよ」
茶色い外側はサクサクとしていて、中は全然違う物かのようにもっちもち。いろんな味のカヌレを「お詫び」としてルカのお父さんから貰った私たちは、パクパクとつまみながら3人で歩いていた。
「セレスも食べたい?」
訂正、4人になった。
ライルと共に少し離れていたところのセレスが、興味津々でこちらにやってきた。
そんなセレスはこくりとだけ頷くと、適当に掴んだバニラ味を頬張った。
カヌレは、コイン大くらいの小さなお菓子で、頂点にぼこっと窪みのついた変な形をしている。
一番多く入っているプレーン味は、ふんわりと甘くてちょっぴり洋酒の風味が漂ってくる――いかにも洋菓子って感じのものだ。
これもすごく美味しいんだけど、他にもイチゴ味やバニラ味、ハチミツ味やキャラメル味といった、いろんなアレンジ版も入っていた。バリエーション豊かで、眺めているだけで楽しい。
……で、いろいろ食べてみた結果、個人的にはイチゴ味のが一番好きかな。
まぶされたイチゴのフレークと、中を開いた時のピンク色の断面がかわいらしい。甘酸っぱくて、もちもちとした食感がとても合う。
食べ比べてみてようやく気づいたけど、このもちもち具合も味ごとで少しずつ違うのだ。イチゴのほうは、より弾力がある感じ。
本当によく研究して作ったんだなっていうのが、食べただけでも伝わってくる。
たくさんのカヌレが紙袋に入っていたはずなんだけど、4人もいればそれもすぐに無くなってしまった。
「ライル、これあげる!」
「ああ、ありがと……って、ゴミじゃねえか!」
空になった袋をライルに手渡したところで、私たちは街の広場にたどり着いた。
そこでエミルが、いつもと同じように遊びの提案する。
「ねえ、みんなで遊ぼうよ」
「そうこないとな!」
「いいよ! ……いいよね?」
私は護衛のルルちゃんとライルに尋ねると、オッケーのジェスチャーが返ってきた。……いや、なぜだかライルは呆れ顔でため息を吐いていたけど、まあ、それは気にしない。
「今日は何をするの?」
「ルーナが決めていいぞ」
「うーん。……あっ、また鬼ごっこでもしない?」
「いいなそれ!」
――そんなこんなで遊びが決まり、
「うわ、僕が鬼だ……」
――結果、エミルが鬼となり、
「逃げろーっ!!」
――蜘蛛の子を散らすように私たちは逃げ去る。
一応私は、この中では一番の(精神年齢は)お姉さんなので、本当はこういうの興味ないんだけどさ――いや本当だよ?
でもさ、なんだか走ってるだけで、気分が高まるというか、鬼から逃げるっていう緊張感も相まって、うん。……まあまあ、楽しいかも。
「ルーナさん、楽しそうですね」
「べ、べつに? ふつうだよ?」
「お前、その尻尾は無意識なのか?」
……ライルに指摘されてはじめて、尻尾が高速で動いていることに気付いた。
もう、ばかっ! 勝手に動かないでよ!
自分の尻尾に「めっ!」と怒ったところで、後ろからやってきた
「あっ、ずるい!」
「えっ、ごめん。でもルーナが鬼だよ」
「…………」
呼び止められている間にタッチするなんてズルい!
抗議しようと思った頃には、もうエミルはどこかへ逃げてしまっていた。くそぅ。
……でも、捕まってしまったのはしょうがない。エミルの姿はもう見えないし……早く誰かを捕まえよう。
ひとつため息をついて、走り出そうとしたところで――今度は後ろから名前を呼びかけられた。
「おい、ルーナ!!!」
赤い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、道を爆走する女の子。この街に来ても相変わらずその騒がしさは健在らしい。
服装はいつも通りのワンピース。先程まで後ろでくくっていた髪は解かれ、真っ赤な髪が風になびいていた。
「ヴァル、お仕事はどうしたの?」
「売り切れたから終わりだって。私はまだまだ働けるんだけどなー」
「ふふ、元気だね」
ヴァルは別に強がっているわけじゃなくて、本当に疲れていない様子だった。ドラゴンの身体能力が凄まじいのは当然として、それは人化魔法を使ったときでも健在のようだ。
まって……それはおかしいな、私いまヘトヘトなんだけど。
「お前、なにしてんだ?」
「みんなで遊んでたの!」
「おお、ようやく勝負する気になったか!?」
……いや、しないよ。
それを伝えると、ヴァルはつまらなそうに笑顔を引っ込めた。
「あっ、うちの店員のドラゴンの子だ」
そんな私たちのもとに、逃走中のルカもやってくる。自宅で働いているということもあって、ある程度面識はあるようだ。
「名前は……ヴァルだったか。ヴァル、君も一緒に遊ばないか?」
「誰が人なんかと遊ぶか! ――っていや、待てよ。ルーナお前もいるんだよな」
「うん?」
「ならやるぞ。何をするんだ?」
ヴァルは一瞬嫌そうな顔をしたが、私が参加することを知った途端、俄然興味を持ち出した。ルカが軽くルールを教えると「分かった!」と元気よく返事していた。
「……で、その『おに』とやらは今誰だ? 私はコイツを捕まえたいんだが」
「いや俺は知らねえ。もしかして、エミルか?」
「ふふふ……」
鬼を探す2人に、私は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと近づく。
「……タッチ。ヴァルが鬼だよ」
「お、おい、反則だろ!」
「しらないもーん」
「ルーナ、逃げるぞ!」
「あ、ちょっと待てお前らっ!?」
鬼になってしまったヴァルから、全速力で逃げ去る私とルカ。彼女の悲鳴にも近い喚き声が聞こえたけど、それはぜーんぶ無視した。ざまあみろ。
でも……結局その後すぐに捕まって、凄まじいドヤ顔を披露されたり。
セレスが参加していることを後から知ったヴァルが、かわいそうなくらいの悲鳴をあげたり。
でもなんやかんやあってヴァルは強くて、結局セレスと同じハンデが導入されたり。
いろいろとあったけど、鬼ごっこは結局日が暮れるころまで続いた。そろそろみんなも帰らないといけない時間になったので、お開きとなった。ああもう、全身クタクタだよ。
「じゃあね、ルーナ。セレスちゃんも、バイバイ!」
「またな」
「明日もあそぼーね!!」
そうやってみんなとお別れをし、砦へと向かう帰り道。
真っ赤に染まった空に、真っ赤なウロコの竜が飛翔する。南の方角へと飛び去るヴァルに、また私は少しだけ寂しい気持ちになる。
「ヴァル、帰っちゃうの?」
「ええ。ですが、たまにここへ来るとは言っていましたね。仕事があるから、と」
「そうなんだ。……良かった」
ルルちゃんのその言葉を聞いて、私はほっと安心した。
なんやかんやで、ヴァルもすっかり人に馴染んでしまった。私とも、他のみんなとも、いい関係を築きつつあるようだ。少し前からは考えられない光景だよ。
「新しい友達ができたようで、私も嬉しいです」
「えへへ、そうだね」
ヴァルとまた会えることも楽しみにしつつ。門の前についた頃には、太陽は完全に見えなくなり、辺りはとても薄暗くなっていた。
心地よい疲労感を感じながら、私はセレスと繋いだ手をぎゅっと握り直す。
「セレス、楽しかった?」
「うん」
「毎日付き合わせてごめんね」
セレスは一緒に遊んでくれることもあれば、騎士と一緒に私を眺めているときもある。セレスが私の遊びに付き合ってくれているのはとても嬉しいけど、ちょっとだけ申し訳なくなる。
だがそれに対し、セレスはぷるぷると首を振った。
「私は、大丈夫。楽しいから。ルーナ見てるだけ、幸せだから」
「そうなの?」
私が首を傾げたところで――セレスはぎゅっと私に抱きついた。ちょっとだけびっくりしたけど、私はそれにお返しをするようにセレスの頭を撫でた。
ふふふ、私よりもずっと年上のはずなのに、なんだかこういうところは子供っぽい。
「ずっと一緒に遊ぼうね」
私がそう言うと、セレスは少しだけ笑ったような気がした。
今の私は毎日が幸せだ。エストラーダにいたときも、ここへ帰ってきてからも。
こんな日々が、少しでも長く……あわよくば毎日続けばいいな。
勝負を挑まれるのは勘弁だけどね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〔あとがき〕
これにて、4章完結となります。
見切り発車ではじめてしまったので、思いの外長くなってしまいました。
今後気が向いたら、拾いきれなかったエピソードを挿話として書こうかと思います。
これから第5章も開始します。少しだけお時間をいただきますが、今後ともよろしくお願いいたします。
面白かったと思う方は、ぜひ下の方から☆☆☆の評価をお願い致します!
ここまでの応援ありがとうございました。
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