105.新しい店員さん

「親父、ルーナを連れてきたぞ!」


 ルカがそう言いながら店の奥に呼びかけると、すぐに人があらわれた。強面で、体格の良い男の人――この人こそがルカのお父さんだ。


 ……私は正直ちょっとだけ怖気づいていた。

 以前会った時に聞いてしまった口論――ルカのお父さんは、私のことをよく思っていなかったのだ。


 「ドラゴンと関わると碌なことがない」とまで言っていた理由は、赤竜騒動で店のオープンができなかったから。正直私からしてみれば全くの濡れ衣なのだけど、ルカのお父さんの気持ちもよく分かる。だから、なんとも言えないところなのだ。

 そんなお父さんに、私が顔を合わせて良いものだろうか?


「君が、ルーナか」


 ルカのお父さんは、仕事中だったのかヴァルと同じ黒のエプロンと帽子を被っていた。だが、その顔はお菓子職人とは思えないほど強面だ。

 声を掛けられたとき、私はびっくりして「ぴっ」と変な声を漏らしてしまった。

 その瞬間、めちゃくちゃに怒られることを覚悟したけど、お父さんから掛けられたのは意外にも謝罪の言葉だった。


「申し訳なかった!」


 お客さんをも前にして、深々と私に頭を下げるルカのお父さん。もうほぼ90度に迫らんとする勢いで、違う意味で私はまたびっくりした。


「ど、どういうこと……ですか?」

「あのとき君に、酷い言葉を言ってしまった。あれは俺が間違っていた。申し訳ない」


 相変わらず深い深いお辞儀をするルカのお父さん。

 ……それは良いのだけれど、正直、お客さんの目が痛い。強面の男の人が、女の子に頭を下げている。こんなの、どう見ても変な関係にしか見えないよ!


「あの、私は怒ってないから、大丈夫だから」

「いやそういうわけには!」

「あの頭を上げて、おねがい……」


 少しして私がそう伝えると、ルカのお父さんはようやく頭を上げてくれた。

 だがその顔はどうにもバツが悪そうで、私に引け目があるような感じだった。


「騎士様から聞いたんだ。君が、エストラーダで起きた問題をすべて解決してくれたと」

「えっと……まあ」

「俺の為とは言わねえが、困っている人を助けるために頑張ってくれたんだろ? 俺はそんな相手に、あんな言葉を言っちまった」


 ルカのお父さんは、ゆっくりと自分を顧みるように言った。前見かけた時に比べれば、その表情はとても柔らかい。


 ……だがそれだとおかしい。私が悪くないと分かったのは良いとして、なぜヴァルがここで働いているんだ?

 ルカのお父さんにとって、ヴァルは店が開けなかった原因をつくった張本人だ。あれだけ怒っていたんだし、今も悪感情を抱いていてもおかしくないと思う。

 なのに何故、店員さんとしてヴァルを雇ってしまっているの?


「じゃあ、なんでヴァルが店員さんなの?」

「あいつが”エストラーダの赤竜”だということは、そこの騎士様から聞いたよ」

「ルルちゃんから?」

「彼女から、あいつを雇ってくれと頼まれたんだ」


 私は後ろに控えていたルルちゃんの方を振り向く。


「ルーナさんから、このことは聞いていましたからね」


 ……確かに言った。

 こんなことがあったんだよって、半ば愚痴みたいな感じで言った気がする。


「ですので、ヴァルと相談して謝罪することにしたんです。そして、ヴァルにも事情があったことも伝えました」

「じゃあ……ヴァルにこの街の場所を言ったのも?」

「私ですよ」


 な、なんてこったい。

 ヴァルに謝罪をさせて、ルカのお父さんを納得させる。すべてルルちゃんが根回しして、実現させたというわけだった。


「ありゃあ、謝罪にしては酷かったけどな!」

「ヴァルも初めてですから、許してあげてください」

「そりゃあそうだな。それに、あいつに悪気がないということも分かった」


 どうやら、謝罪は嫌々だったみたい。

 でもヴァルは、なにも迷惑をかけてやろうと思っていたわけじゃない。住処を奪われて、やむにやまれず人を襲ったのだ。

 ゆえに一連の騒動で死者は出ていない。ヴァルが目標としたのは、あくまで馬車の積荷なのであって、人を傷つけることではなかったからだ。それが結果的に色んな人に迷惑を掛けたとしても、そこに純然たる悪意は全く無かったのだ。

 ルカのお父さんは、きちんとそのことを理解してくれていた。


「もちろん腹は立つが……今こうやってこの店がオープンできたのは、実はあいつのお陰でもあるんだ。それでトントンってことだ」

「そうなの?」

「あのオーブンが見えるか?」


 ルカのお父さんが示した先には、立派なオーブンが備え付けられていた。

 下半分は炉の部分。レンガと粘土を固めていて、燃料をいれるための大きな穴が開いている。そしてその上には、真っ黒な鉄製の扉つきの窯が。そこから煙突が真っ直ぐに伸びていて、天井に開いた穴と接続されている。


「この窯は、エストラーダ地方の職人が作ったものだ。中に溶岩石が使われているのが特徴だな」

「すごいね……これが届いたの?」

「いや、あいつに運んでもらったんだ」

「運ぶ?」

「そうだ。空を飛んでな」


 自慢気に話すルカのお父さん。なんとヴァルは、オーブンの空輸まで務めていたらしい。


 言われてみれば確かに、ヴァルの問題が解決してからそれほど時間は経っていない。物流が回復したといっても、馬車ならすごく時間がかかる。こんなにすぐには届かないはずだ。

 だがそんな事情も無視して、ヴァルならばすべて解決できた。空という、馬車の何十倍も速い輸送路があるのだから。


「ヴァルがいなきゃ、あと半月はオープンできなかったな。

 ――しかもな、あいつ火起こしができるんだ。便利にも程があるっつーわけだ」

「す、すごい。ヴァルって意外と仕事できる?」


 物資の輸送もできて、火起こしもできて、接客もできて――ルカのお父さんがここまで手のひらを返す理由も分かった気がする。

 そんな話をしていたところで、当の本人が私たちの会話に割り込んできた。


「なあ今、私を褒めていたか!?」

「そうだよ。ヴァルってすごいんだね」

「当たり前だ、それより貰えるきゅーりょーの量は増えるのか?」

「おい、まだ雇ったばかりだぞ。だがこの調子なら……検討してやらんこともない」

「本当だな!?」


 目をキラキラとさせて喜ぶヴァルは、跳ねるようなステップを刻みながら持ち場へと戻っていった。

 ……心なしか、仕事にも気合が入っているように見える。めっちゃ声デカくなったし。


 ヴァルの成長に感動しつつ、いつからあんな現金な性格になってしまったのか、私は思い悩んだ。

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