103.出立の日

「うまー!!!」


 夕食のメニューは、チキンの香草焼きだった。私は「勝利の女神」特典ということで、お肉を1つ多く貰えた。嬉しい!

 焦げ目のついたてりてりのモモ肉と、付け合せはマッシュポテト。こくのあるグレイビーソースがどばっと掛けられていて、すごく濃い味ではあるんだけど、別にしつこいわけでもない。砦とはまた違った趣向の味付けで、とても美味しい。


 そして――私の視線は、しれっと私たちに混ざって食事をとるヴァルの姿に移った。

 あれだけ街の人から嫌われていたヴァルだったけど、今日のあの戦いを期に評価が一転。彼女も私と同じように、お肉を少し多めにゲットしていた。

 彼女はルルちゃんの膝の上に座りながら、その報酬をあーんで食べさせてもらっている。


「ヴァル、仲いいんだね」

「別にそういうわけじゃないぞ!」


 ヴァルは手をばたばたと振りながら否定していた。


「違うの?」

「当たり前だ! 私の方がルルよりも強いんだから、私が上じゃないとおかしいだろ。これは今日の分のお返しってことだ」


 ルルちゃんが今日、ヴァルの上に乗って戦っていたのは記憶に新しいけど――その仕返しとして、今度はヴァルの方が上に乗っている……という理屈らしい。

 うーんでも、膝の上だしなぁ。どう見てもルルちゃんに可愛がられているようにしか見えないんだけど……まあそういうことにしておいてあげよう。指摘するのも無粋だし。


「ヴァルはとても強いですからね」

「ルル、お前はよく分かってるな!」


 ……いやこれはむしろ、ルルちゃんが手のひらで転がしている?

 自慢気に胸を張るヴァルと、それを微笑ましく見守るルルちゃん。

 その光景を見れば、どちらが”上”なのかは一目瞭然だ。さすがにチョロすぎるのではないだろうか。本人には言わないけど。


「というか、ルルちゃんのこと名前で呼んでるよね? 仲いいんじゃん」

「だから違うって。名前がないと不便だから、そう呼んでいるだけだ」


 それ、仲いいんじゃん。ルルちゃんもいつのまにか「ヴァル」呼びだし。

 あの空の上で何を話したんだろう。あれだけ難しい性格のヴァルを手懐けるなんて、ルルちゃんが恐ろしいよ。

 その手腕に少し戦慄していたところで、アイラからふと声を掛けられた。


「あれもこれも、全部ルーナのお手柄ね」

「違うよ、私はなんにもしてないんだってば。セレスのほうが百倍活躍したって……」


 アルベルトさんからも似たようなことを言われたけど、それは私を買いかぶり過ぎだよ。

 私はなにもしていない――いや違う、なにもできなかったんだ。私には力が足りなくて、みんなを助けられなくて……万事解決できたのは、みんなが来てくれたからだ。ヴァルが今この場にいるのは、ルルちゃんとヴァルがちゃんと協力してくれたおかげで、それで……


 自分の無力さを再び思い出し、私の尻尾はだらりと垂れた。だけどアイラはそんな私を、不思議そうな表情で見つめる。


「そう? セレスちゃんも凄かったけど、ルーナがいなかったら丸く収まってなかったんじゃない?」

「私はなにもできなかったんだよ」

「ルーナがいたからセレスちゃんたちが来れたんでしょ。私たちが無事に帰ってこれたのは、ルーナのおかげよ。

 それに……”エストラーダの赤竜”の問題もほとんど解決しちゃったし。あれだけ恐れてた赤竜が、今は一緒に夕食までとっているからね」


 続けざまに、向かい側に座るライルが口を挟む。


「お前が来てから、第8隊はより賑やかになった。お前はこの隊の華だよ。

 ……隊長があんなにデレデレだとは思わなかったが」

「そうね、あの強面のウェルナー隊長がお菓子を常備しているなんてね」


 隊長さんは確かにいつでもお菓子をくれる。ポッケから出てくるのは、毎度日替わりだ。

 でも「強面」なんてのは酷い言い様だ。隊長さんは笑うととても優しいのに。


「あとは、セレスなんて凄えヤツを味方にできたのもお前がいてこそだ。拾ってきたアイラにも感謝だな」

「あれは拾ったというか……ねえ?」

「お、お願いアイラ、あの時の話は言わないで」


 私はアイラにそう懇願した。恥ずかしい過去だから、アイラと私だけの秘密だよ。

 この世界に生まれて、はじめて会った人に大泣きするなんて――あの時はしょうがなかったけど――特にライルには知られたくない。だって、ああでもしないと助けてくれなかったでしょ?


 そうやって私は必死になっていたんだけど、それを見たアイラはなぜだか堰を切ったように笑い出した。


「ぷっ……あははは、ごめん、ルーナ!」

「なんだよ、何かあったのかよ」

「……言っちゃダメだからね」


 私はアイラを睨みつけた。今や笑い話なのは分かるけど、あのときは命の危機だったんだからっ!!

 黒歴史を掘り下げようとするライルを牽制しつつ、私は賑やかなテーブルを一瞥して、小さくため息を付いた。



 それから数日が経ち。

 仕事を終え、エストラーダ地方を満喫した私たちは、ついに出立の日を迎えた。


 ヴァルは無事に住処を取り返すことができたようで、満足気に火山へと帰っていった。とても安心したけど、一方で少し騒がしさが減って寂しい。もくもくと立ち上る噴煙を眺めつつ、なんだかちょっぴり切ない気持ちになった。

 でもまあ、いつもの日常に戻るだけだ。ヴァルも人に迷惑を掛けないで、幸せに暮らしてくれるといいなぁ。


 気が向いたら砦にも遊びに来てほしいけど――しまった場所伝えてないや。

 いや、伝えたら伝えたで毎日「勝負しろ!」ってうるさそうだから、これで良かったのか?


「第8隊の皆さんのご協力により、諸々の問題をすべて解決することができました。

 長く大変な遠征だったかとは思いますが、このエストラーダ地方に足を運んでくださり、ありがとうございました」


 出発の直前、ずらりと並ぶ第8隊の車列を前にして、アルベルトさんを始めとする第10隊の騎士たちが見送りに来ていた。短い間だったけど、もうお別れになると思うと惜しい。

 アルベルトさんは謝辞を読み上げ、そして全員が騎士の礼をした。ぴしっと一糸乱れぬキビキビとした動きだ。

 その光景に少し圧倒されていると、突然自分の名前が呼ばれて驚く。


「――そしてルーナさん、セレスさん。貴方たちがいなければ、このような結果にはなっていなかったことでしょう。

 第10隊の隊長として、そして1人の国民として、その活躍に感謝したいと思います」


 その礼は、私とセレスにのみ向けられたものだった。それにどう応えて良いかは分からなかったけど、とりあえずぺこりと頭を下げるだけはしておいた。


「ルーナさん、差し出がましいようですが、向こうにお友達がいらっしゃるとお聞きしました」

「と、友達?」

「ですので、ささやかながらお土産を用意させていただきました」


 お土産という言葉に、私の尻尾が勢いよく立ち上がった。実は……お土産、買おうとは思っていたんだけど、どのお店も閉まっていて探せなかったんだよね。人と物の流れが、赤竜騒動により止まっていた所為だ。

 もしかしたら街の中に1軒くらいは開いてるところがあるのかもしれないけど、そこまで付き合わせるのはどうかと思って、諦めていたんだ。


 でも、アルベルトさんは気が利くというか、なんというか。私の求めるものをちゃんと理解してくれていた。

 手渡されたのは、それなりに大きな箱が2つ。両手で持たないと大変な大きさだった。


「下の方が、この地域伝統のティーセットです。そして上が、紅茶の葉と焼き菓子の詰め合わせです」

「……すごい」


 なんと、この箱の中身だけでお茶会ができる夢のようなセットだった。紙製のこの箱も、細かい意匠が所狭しと施されていて、いかにも高級そうな見た目をしている。

 たださすがにティーセットは重たすぎるので、私の手はすぐにぷるぷると震えだしてしまった。結局隊長さんに持ってもらうことで事なきを得たけど。


 エミルやルカとは――ちょっとあの2人とは、一緒にお茶会をするイメージは湧かないけど、ティーナならとても喜んでくれそうだ。今度約束をつくってもらおう、そうしよう。

 ……まあ2人にも、お菓子くらいはあげよう。何にもなしだとがっかりさせちゃうだろうし、万人受けするお菓子ならばきっと喜んでくれるだろう。


「嬉しい、ありがとう!」


 私はアルベルトさんに、満面の笑みを向けた。これが、私の心からの気持ちだ。その気持ちが伝わったのかはわからないけど、第10隊の騎士たちはみんな朗らかだった。


 ……いろんなことがあったけど、とても良いところで、みんな優しい人ばかりだった。景色も綺麗だし、何より海とビーチがある。

 遠い場所ではあるけれど、またすぐに遊びにこれるといいな。今度はちゃんと泳げるようになりたい。


「行くぞ、ルーナ」


 隊長さんに呼びかけられ、日に照らされて白く染まった要塞を背にする。もう準備は万端だったみたいで、私が乗り込むとすぐに馬車は動き始めた。カラカラと車輪が回り、景色がゆっくりと流れ始める。

 キラキラと輝く海がとても眩しい。私は目を細めながら、大きく手を振った。




 ――さようなら、エストラーダ。

 また絶対、遊びに来るからね。

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