102.勝利の女神

「――すみません、なにから話せばいいのか……」


 アルベルトさんの、困ったような声で私は目を覚ました。むにゃむにゃと言いながら目を擦ると――いつのまにか要塞に戻っていたことに気づく。


「ルーナ、よく寝たか?」


 優しい声と手の感触。隊長さんの膝の上で、私はゆっくりと立ち上がった。その横にはセレスも静かに座っていて、私をじっと眺めている。


「……おはよう」


 ふと窓の外を見れば、もう日がぎりぎりまで沈みかけていて、夜に差し掛からんとしているところだった。確か……私が寝たのが昼過ぎだったから、軽く見積もって3時間くらいは寝てたのかな。

 どうりで頭がスッキリしてるわけだ。

 そんな呑気なことを考えていると、ふと向かい側に座るアルベルトさんがガタリと立ち上がった。


「ルーナさんの活躍により、部隊に大きな犠牲を出すことなく、全員が無事に帰還できたと報告を受けています。……ありがとうございます」


 そう言って、アルベルトさんは胸に手を当てた。深い感謝を表すそのジェスチャーに、私は困惑する。


「えっと、私は何もしてなくて、セレスとヴァルが来てくれただけで……」

「そんなことはありません」


 本当に私はなんにもしてないんだけど……。

 なんだかむず痒い気分になりつつ、でもその感謝を無下にするわけにもいかず、私は黙って首を縦に振った。


「ルーナ、よく頑張った」


 セレスはそう言いながら、私を隊長さんの膝から奪い取った。

 両手でガッチリと捕まえられ、さながらクレーンゲームの景品のようにセレスの胸元へ運搬。

 そのままぎゅっと抱き枕のようにされ、動けなくなってしまった。私は心を無にした。


 それからはしばらく、アルベルトさんと隊長さんの会議がはじまった。

 内容はもちろん、今日の戦闘について。2人とも眉を顰めながら、その手元にある資料とにらめっこしていた。


「……それで、フェンリルの群れが複数だった可能性があると、報告にはありますが」

「現地の簡易的な調査でも、その可能性が示唆されている。そもそも、フェンリルの群れが単体であの規模になるとは考えづらい」

「すみません、我々の事前調査の不備の可能性が……」

「それに関してはお互い様だ。調査にはこちらの隊からも人員を出している」

「……そうですね。その点も今後検証していくこととしましょう」


 確かに……言われてみれば、あの場にいたフェンリルって物凄く多かった気がする。基準は知らないけど、たぶん普通はあんなにはいないんだろうね。末恐ろしいよ。


 私もこの2人を見習って、難しい顔をしてお話を聞いていたのだけれど……しばらくしたところで「ぐぅ~」という間抜けな音がお腹から聞こえ、私は赤面した。

 うわー、恥ずかしいよー!


「ルーナ、そろそろ夕食の時間だ。行ってくるか?」


 でも隊長さんの言う通り、私の体はごはんを求めている。

 恥ずかしさから顔をがばっと覆い隠しながらも、私は「行く」とだけ返事した。


「食堂の場所は分かるな?」


 セレスはこくりと頷いた。

 相変わらず私は抱き枕状態で、早いうちに解放してほしかったんだけど……私はここがどの部屋なのか知らないから、案内してくれるのは素直に助かる。

 

「セレス、いこ?」


 こくりと頷いたセレスは、私を抱えたまま扉を開ける。


「あの子が……神竜なんですよね?」

「そうだ、頼もしいだろう」


 2人のそんな会話が聞こえてきて、私はくすりと笑った。

 頼もしいというか、なんというか。それより……そろそろ下ろしてほしいかなー。



 何事もなく食堂にたどり着いた私たち。

 だが、そこへ立ち入った瞬間、食事をとる騎士たちの視線が一挙に集まる。そして、次第にざわつく室内。めちゃくちゃ注目されているみたい?

 だが、ふとアイラが私達のところへ近づいてきたので、そのことなんかすぐに忘れて、私の尻尾は爆速で揺れだした。


「アイラ! ご飯食べよっ!!」

「おはよう、ルーナ。それにセレスちゃんも。待ってたわよ」


 優しい笑顔で迎えてくれるアイラ。嬉しくなって飛びつこうと思ったけど、相変わらずセレスの力が強くて抜け出すことは叶わなかった。

 ……抵抗を諦めた私は、アイラに気になっていることを聞いてみる。


「なんでこんなに見られてるの、私たち」

「ああ……」


 なぜだかアイラは言い渋る。歯切れの悪い様子だ。

 ただ私が再び聞き返すと、ようやくその理由を教えてくれた。


「実はね……ルーナのことを『勝利の女神』だって言い出した人がいてね。それが、あの場にいなかった人にまで広まっちゃったみたいで」

「め、女神……」

「それにセレスちゃんが神竜だってことも、現場にいた騎士たちに知れ渡ったみたいだし」


 ――わ、私は女神じゃなーい!!!!

 変な称号つけるのは止めてよっ! なんで人はこうも変な名前を付けたがるわけ!? ……というか、そもそもややこしくない? どっちも神じゃん!

 崇められるのはセレスだけにしてください!


「女神と神竜のコンビか。これは神々しいな」

「ちょっとライル、その話は他言無用だって言われたでしょ?」

「ああ、悪い悪い」


 アイラの背後には、いつもの悪戯っぽい笑いを浮かべたライルが立っていた。謎の称号を与えられた私をからかうために来たみたいだが、アイラに諌められていた。ざまあみろ。

 なお「セレス=神竜セレスティア」だということは、一応まだ秘密ではあるらしい。ただ、人の口に戸は立てられぬというか――あの時はたくさんの騎士が目撃していたから、今や公然の秘密みたいなところではあるみたい。


「女神サマ、あのときは助かった。さあ、食べようぜ」

「……次は手伝ってあげないから」


 ライルはそうやっていつも茶化してくる。無礼にも私の頭を撫でようとしたので、ぺしんと手で払ってみたら「天誅だ!」と言っていた。全然反省してない!

 私はライルに追撃を入れようと躍起になったが、やっぱりセレスの力が強くて抜け出すことは叶わなかった。無念。

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