101.一網打尽

「ルルちゃん、かっこいい……」


 ぽろりと素直な感想がこぼれ落ちた。

 縦横無尽に大空を駆け巡り、フェンリルたちを灼熱の業火が焼き払う。もはや戦闘機じゃん。

 その背中の上にまたがるルルちゃんは、こんなに高速で飛んでいるにも関わらず、あまりにも凛とした表情をしていて、恐怖など微塵も感じていないようだった。そんなお伽噺のような光景に、思わず息を呑んだ。


 そしてこれは、ルルちゃんの司令の賜物なんだろう。騎士たちをサポートするように、的確な場所に攻撃が飛んでくる。あれだけ威力があると間違って人に当たってしまいそうなものだけど、そういったこともない。


 この辺り一帯の悩みのタネだったはずの赤竜が、今やその人たちを救っている。誰がこんなことになるなんて想像できただろうか。

 フェンリルたちも、これには流石に恐れをなしたのか、私たちには目もくれずどんどんと逃げ出していく。


「逃がすか!」

「こっちから回り込め!」


 だがしかし、騎士たちはその隙を逃さなかった。

 態勢を立て直した部隊は、フェンリルたちを次々と仕留めていく。あらかた治療が済んだセレスも加勢し、脱兎の如く逃げるフェンリルたちをどんどんと一網打尽にしていく。


 あれほど苦労していたのが、もう嘘のようだ。

 完全に逃げ場を失ったフェンリルの群れは、最終的に完膚なきまでに制圧された。


 たくさんのしかばねが大地に横たわるが、その中に騎士たちのものはない。犠牲者はゼロ。被害なくこの窮地を脱することができたのは、言うまでもなく、私達のもとに駆けつけてくれた援軍のおかげだ。


 ――まさに奇跡だ、と。

 戦いを終えた騎士たちは、そう口々に漏らしていた。




「――アイラ!!!」


 張り詰めた緊張から解き放たれた私は、すぐ誰かに縋りたくて、迷った挙げ句アイラの胸に飛び込んだ。

 怪我もないみたい。とても元気そうだ。一時はどうなることかと思ったけど、助けてくれたみんなのおかげだよ。


「ルーナのお陰で助かったわ。来てくれてありがとう」


 駆けつけてくれたセレスにヴァル、隊長さんにルルちゃん――みんながいたから、誰も死ななかった。

 それに何より、先遣隊の人たちも最後まで諦めなかった。劣勢の最中でも、みんなが立ち向かっていた。


「ううん、私はなんにもしてないよ。みんなが強かったから……!」


 これは謙遜なんかじゃない。

 たぶん……私1人がいたところで、きっと誰かは犠牲になっていたと思う。私もたくさんのフェンリルを倒したけど、それでも足りなかった。

 アイラの腕の温もりを全身で感じつつ、私は自分の無力さを噛み締めた。


「ルーナ、違う」

「セレス!」


 ふとアイラの側に立つのは、さっき大活躍したセレスだった。

 セレスは少し背伸びをしながら、私の頭をすりすりと撫でた。


「ルーナがいたから、助けにこれた。ルーナのおかげ」

「……へ? どういうこと?」


 えっと……ちょっと待って、私のおかげってどういうこと?

 いやそもそも、なんで私たちが戦ってることを、遠く離れたセレスたちが知っていたの? まるでフェンリルの襲撃を始めから知っていたみたいに。


「ルーナの魔力、分かる。離れていても」


 セレスはゆっくりと口にした。……なにそれこわい。

 えっとつまり……私がもしブレスを吐いたら、どこへいてもセレスはそれを感じ取れるってこと?


「魔法使った、戦ってる、だから来た」

「へ、へぇ……」

「どこにいても、場所は分かる。まかせて」

「……離れていても?」

「そう」


 ……なにそれこわい。


 どうやら、ここぞというタイミングでセレスが来てくれたのは、私の願いが届いたからではなく、そもそも私の動向がセレスに筒抜けだったかららしい。

 いやちょっと、どういう原理なんだ。

 あと……私のプライバシー、どこいった?


 でもやっぱり、それがなければ駄目だったかも知れない。良く言えば、ちゃんと見守ってくれてるってことなのかな。なんだか変な気分だけど、駆けつけてくれたセレスには感謝だ。


「セレス、来てくれてありがとう。セレスがいなかったら、どうなってたか」

「でも、すぐに守れなかった……ごめん」


 セレスは何故だかしゅんとしていたけど、十分助けになったよ。来てくれたとき、本当に嬉しかったんだからね!

 私はそんなセレスの頭を撫でようと、手をぐっと伸ばす。……遠すぎて手は届かなかった。


「彼女の言う通りだ。お前がいなければ、俺達が来ることもなかった。よくやったな」


 気づけば、諸々の仕事を終えた隊長さんが歩み寄っていた。私はぴょこっとその腕の中に飛び移って、仰ぐようにしてその瞳を見つめる。

 ……私はひとつ、大事なことを伝えなければならない。


「隊長さん、ごめんなさい」

「何故謝るんだ?」


 怪訝な顔をする隊長さん。


「お手紙、来る途中に落としちゃった。ごめんなさい」

「……無くしたのか?」

「……はい」


 隊長さんは驚いた様子だった。なんなら私を二度見までしていた。

 そりゃそうだよね、怒るよね。私だってびっくりだもん。まさか落とすなんて、思ってなかった。でもね……別に適当に仕事したわけじゃないってことだけは分かってほしい。不慮の事故なんだ……多分。


「そうか、それは仕方ないな。次から気をつけるんだ」


 だけど隊長さんは、意外にも優しかった。私を怒ることなく、むしろ私を慰めてくれているようだった。


「……怒ってない?」

「あれは作戦の細かい変更を伝えるためのメモだ。フェンリルが討伐されてしまった以上、あれはもう必要ない」

「そうなの?」

「ああ、そうだ。だから心配はいらない。

 だが、落とすのは問題だな。……より口が開きづらい鞄に変更するとしよう」


 そんな慈悲深い隊長さんに感慨した私は、さらにぎゅっとその胸に抱きついた。騎士服越しに、その分厚い胸板の硬さが伝わってくる。


「私、隊長さん大好き」

「それは嬉しいな」


 腕の中、その心地よさを味わいながら、私は目を細めた。なんというか安定感がすごくて、アイラのそれとはまた違う。どっちが良いとかじゃなくて、アイラの抱っこも大好きだし、隊長さんの抱っこも大好き。


 ……そういえばなんだか眠たくなってきちゃった。

 私の口から「くぁ~」と大きな欠伸あくびが飛び出す。

 魔法もたくさん使ったし、たくさん頭も使った。なにより緊張した後って、なんだかすごく疲れるよね。


 で、でも、駄目だ。

 まだまだみんな後片付けで忙しそうだし、そんな時に私が1人でうたた寝しちゃうのもどうかと思うんだ! だから頑張って起きないと。


 ――ああ、でも隊長さんの腕の中って、温かくて、心地よい振動がまるでゆりかごみたい。

 やばい、動きたいのに……動けない……。


 ああもう、なんだかどうでもよくなってきちゃったかも……おやすみ……Zzz。

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