98.みんなの役に立ちたい!
「ライルっ! 大丈夫!?」
「ああ、なんとか。助かった」
すぐに立ち上がるライル。特に怪我も無さそうで安心した。
だが安堵している暇もない。なぜなら、私たちの周りでは次々と騎士たちが交戦に入っていたからだ。
いまのところ、この先遣隊にもそれなりの数の騎士がいるため、なんとか応戦はできていた。
剣を持った騎士が牽制し、後方から魔道士が援護。そして怯んだ所を一気に叩くという寸法だ。不測の事態にも関わらず、見事な統率で思わず感心してしまった。
だけど――そんな彼らの表情が段々と曇っていくのに私は気づいた。
「……くそっ、多いな」
「一体どれだけいるんだ!?」
私たちは、取り囲まれていた。周囲をぐるりと見回せば、必ずどこかでフェンリルが視界に入るほどに。
これは……波状攻撃だ。まだ今はどうにかなっているけど、どう考えてもジリ貧だ。
「っ、私も手伝う」
「ルーナ、大丈夫よ。隊長のところに戻りなさい」
私はアイラの背後に陣取った。
そして、ふわふわと浮かびながら、視界の中央に灰色の獣を捉えた。
「……いやだ」
――止められたけど関係ない。
本当は……正直に言うと、怖い。とても怖い。体の震えが止まらない。
あの鋭い牙を見ると、いつかのトラウマを思い出してしまう。私の宿敵と言っても過言ではない。
でも……今の私は、あのときとは違う。
あの泣き虫で、アイラに縋ることしかできなかった自分とは違う。
ここには大切な人がたくさんいる。私にいつも優しくしてくれる、大事な大事な騎士たちが。
それに……魔法という名の、戦うための武器だってある。
私だって、やるときはやるんだ。
「私は、みんなの役に立ちたいから――!」
私はブレスを思いっきり吐いた。さっきのものよりも強力なブレスが、フェンリルを穿つ。直撃した瞬間、小さな爆発が起こり、フェンリルを軽く吹き飛ばす。
大きな傷を負ったフェンリルは、それが致命傷となり、かすかな断末魔と共に倒れ込んだ。
はは……私にだって、このくらい……!
「……やるわね!」
アイラに褒められて嬉しくなったけど……でも、喜んでいる暇もない。
その次、またその次と、絶えることなくフェンリルは飛びかかってくる。アイラはそれを剣で薙ぎ払いながら躱すが、こちらからも俊敏な彼らに大きな傷を与えることはできない。背後の魔道士の術が飛んできて、なんとか1体は倒れるが、その隙をカバーするかのように別の個体が飛びかかってくる。
「多いな……事前に聞いていた話と違うぞ」
「そうね、流石にキリがないわ」
剣を振るい続けながら、苦々しく漏らすライルとアイラ。
2人の言う通りだ。これはおかしい――倒しても、倒しても、攻撃が止まないのだ。
私の加勢によって、少しは押し返せている……と思いたいのだけれど、どちらにせよ、私1人の存在は戦況を大きく変えられるほどのものでもなかった。
「おい、怪我人を運べ!」
徐々にその均衡は崩れだし、ついには怪我人まで現れる。
だが、まだみんな希望は捨てていない。その額には大粒の汗が滲み、そこかしこで死闘を繰り広げている。
私も私で、むせ返りそうな血の香りと、ブレスの連発により起こる焼けるような喉の痛みにクラクラとする。
……いやそんなことはどうでもいい。問題なのは、どんどん私の攻撃が当たらなくなっていることだ。
私がミスをしているのではない。
フェンリルが私の動きを読んで、上手く回避してしまうのだ。左右に跳ねるような小刻みなステップは、私のブレスじゃ完璧には対応しきれない。嫌になる賢さだ。
「いいか、お前は飛べるんだ。最悪逃げるんだぞ」
「そんなことしないよ!」
徐々に悲観的な雰囲気になっていく先遣隊の面々。
段々と統率が崩れていき、みんなの冷静さが失われていくのを身にしみて感じる。
だけど……でも……私はまだ諦めない。
私は必死にブレスを吐き続ける。私にできるのは今これだけだから。
一発、また一発と撃ち続ける。着実に数は減らせているはずだった。
こんなにたくさんの魔法を使ったのは初めてだよ。毎回毎回喉が焼けるようで痛い。
でも……その甲斐虚しく、どんどんと私たちは追いやられていた。尽きることのない波が、どんどん押し寄せていて、後退するしかなかった。
だけどその後退する先にも別のフェンリルがいて、にっちもさっちもいかない。やっていることは、ただの時間稼ぎに過ぎなかった。
「くそ、しつこいっ……!!!」
「ルーナ、無理をするな!」
――ライルの言う通り、私だけは飛べば逃げれる。
でも、騎士たちには翼はない。ここで逃げるということは、彼らを見捨てるということに他ならないのだ。
その事実を直視できなくて。だけど、どんどんと悪化していく事態をまざまざと見せつけられて。焦燥が頭を支配し、もうなにも考えられなくなった。
ぽろぽろと、瞳からこぼれ落ちる涙。
諦めたわけじゃない。決して、諦めたわけじゃないけど――
「おねがい、セレス。みんなを助けて……!」
漏らした小さな弱音。
苦し紛れの、ただのうわ言だ。
ここにセレスがいれば――なんて、そんなたられば、小さな声で言ってもしょうがない。分かってる、分かってるよ。どれだけ大声で叫んでも、遠く離れたセレスに届くはずがないのに。
そんなこと、私が一番よく分かっているのに――、
「おい、なんだアレ!」
「……あれは、まさか」
突如、ざわめく騎士たち。彼らの視線は、遥か上空へと向かう。
轟く風音と、空を切り裂くように現れた大きな黒い影。もはや戦場と化したこの地に、一瞬の静寂が訪れた。
他の生物には存在し得ない漆黒の金属質な表皮。睨みつけられただけで時が止まってしまいそうなほど、恐ろしく鋭い黄金色の瞳。その姿を見れば、神竜という呼び名がいかに相応しいかが分かる。
それはまさに、巨大な
――神竜セレスティアの姿が、そこにはあった。
「……っ! セレスーー!!!!」
待ち望んでいた存在に、私は大声で叫んだ。
ああ……助けに来てくれたんだね。セレス、ありがとう……!
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