96.襲撃

「私、隊長さんのところに戻るよ」


 アイラに頭をくしゃくしゃとかき混ぜられるかのように撫でてもらったところで、私はそう宣言した。失敗して落ち込んでいたけれど、みんなが慰めてくれたこともあって、今はもうすっかり元気になった。

 ……うん、正直に言って謝ろう。そして、もう一回やらせてってお願いしよう。隊長さんなら、きっともう一度チャンスをくれるはずだ。


 覚悟を決めた私は、自分の翼をぐっと横に広げた。


「気をつけるのよ」

「うん」

「迷子になったらここに戻ってくること」

「……わかった」

「それもすべて見失ったら、ちゃんと合流地点に――」

「だっ、大丈夫だってば、アイラ!」


 アイラは心配性すぎ! あれやこれやと付け加えるように心配してくるアイラの言葉を遮って、腕の中からぴょんと飛び出した。

 私はそもそもそんな方向音痴じゃないし、空の上からだったら方向感覚を失うなんてこともない。山という大きな大きな目印があるんだから、自分の大まかな位置ぐらい分かるよ!


「じゃあ、行ってくる!」

「行ってらっしゃい」


 空中で顔を見合わせて、そう元気よく言った。すると心配そうだったアイラは一転して、笑顔で私を見送ってくれた。精神的には歳が近いはずなのに、なぜこんなにも大人びているのだ……まるでお母さんみたい。


 それはさておき、私はぱたぱたと翼の動きを速くさせて、浮上を始めた。全身が揚力でふわっと持ち上がる。独特の浮遊感が身を包み、少しずつ地面が離れていった。

 やがて、木のてっぺんと同じくらいの高さへ届いたところで――突如、甲高い笛の音がなった。


「配置につけ!」

「行くぞ、あっちだ!!」


 か細くも嫌に耳に残るその音を聞いて、騎士たちが慌ただしく動き始めた。その誰もが、武器や防具を身に着けていて――なんというかこれは、戦う準備?


「ルーナ、行け!」


 ライルが手を大きく振って、私を隊長さんのところへと向かわせようとする。先程までの楽しそうな表情はもうそこには無くて、ぴりりとした緊張感だけが場を支配していた。


 これ……大丈夫なの?

 なにかまずいことが起こっているんじゃ……?

 そう心の中がざわざわとして、その場から動くことができなかった。ライルがそう言うならきっと大丈夫だと思うんだけどさ。


 ただしばらく空中でしどろもどろするしかできなかったが、ふとライルの背後に影が見えて、私は叫ぶ。


「ライル危ないッ!!」

「うおっ!」


 飛びついた灰色の影。明らかに、ライルを狙って攻撃を仕掛けたようだった。

 咄嗟に体を逸らしたライルは、直撃をなんとか免れたものの、バランスを崩し地面に倒れ込む。


 ライルを襲った張本人、そしてこの笛が鳴るきっかけとなった獣とは――まさに、我々が探し求めていた魔物、フェンリルだった。

 ゴワゴワとした毛並みに、ピンと立つ三角形の耳。その姿は非常にオオカミに似ているが、それよりも一回りか二回り大きい体格は、私の見たことのあるアイツとはぜんぜん違う。異様に筋肉質な脚が目立ち、彼らの体にたぎる強い魔力の流れも感じる。ただの動物とは違う、――魔物だ。


 地に伏すライル。それに対してフェンリルは追撃を行おうと、後ろ足に力を込めていた。明らかに、殺意に満ちたモーションに私は叫ぶ。


「駄目ーっ!!!」


 同時に、もはや脊髄反射で体が動いていた。ここでライルを助けなければ、死んじゃうと思ったからだ。

 喉元に魔力を集中させ、ふわっと浮かぶような熱が感じられる。もう慣れたもので、ここまでの動作は特段意識しなくてもできるようになっていた。


 それからコンマ数秒くらいの間があって、私の口から吐き出される火炎の玉。真っ白な強い光を発しながら、それは一直線にフェンリルへと向かった。

 瞬間的に発したものだから、私の出せる最大火力には遠く及ばない。最大火力はまだ怖くてやったことがないから分からないけど、多分そのはずだ。

 それでも、フェンリル一体を焼き尽くすには十分だった。


「グオオオオォォォォッ……!!!」


 私のブレスは、フェンリルの体を容易に貫き、その動きを止めた。断末魔が轟き、どさりと息絶えたフェンリルが倒れ込む。

 ……ライルは無事だ。私は胸をなでおろした。

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