95.おつかい(2)
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、木々の上を通過する。可愛らしい色のポシェットが風に揺れ、首元の鈴がりんりんと小刻みに鳴っている。
ゴツゴツとした山肌にしょっぱい潮風、雄大な景色が視界いっぱいに広がっていて、とても気持ちがいい。飛行機なんて高度なものがないこの世界では、私のような翼を持つ生き物だけの物だ。
こんなふうに大自然の中を飛ぶのは結構久しぶりだから、すごく楽しい。
慣れとはまあ凄いもので、それなりに高いところを飛んでいるはずなのに、今やまったく怖くない。そもそも落ちることがないからね。
「あっ、あれ……かな?」
なだらかな丘陵を道なりに進むと、ものの数十分程度で双子岩が見えた。
双子岩……というには、ちょっと大袈裟すぎるような、2つの歪な形をした岩が横並びになっていた。これさ、ただデカい岩が2個あるだけじゃん。別に形も似てないし。
……うん、まあ、騎士たちの姿はあるし、不本意だけどこれが双子岩で間違いないのだろう。
なにやら作業をしている騎士たちのもとへ向かうべく、私はぐるりと旋回しながらその高度を下げる。
「アイラぁっー!!」
「ルーナ、どうしたの!?」
驚くアイラの腕の中に、私はすぽっと着地する。気づけば、他の作業している騎士たちも、一時その手を止めて私の方に注目していた。
「お手紙、持ってきたよ」
私はふふんと自慢げに胸を張りながら、お仕事の成果を報告する。大事な手紙持ってきたよっ!!
「手紙? ……これのこと?」
そう言ってアイラは私のポシェットを手に取る。紐が解かれ、大きく口ががばっと広がる。
「手紙よね……。どこにあるの?」
「またまた~。アイラってば、中に入ってるよ」
「えっと……無い、かも」
「えっ?」
いやいや、そんな馬鹿な。
初めの方はアイラが冗談を言っているのかと思ってヘラヘラしていたけど、いざポシェットの中身をがばっと開いて見せられたところで、それが嘘でないことに気づく。そうして私は、自分の失態を理解した。
――そう、中はまったくの空っぽだった。
「……落としちゃった、かも」
「ルーナ、落ち着いて。その手紙の内容は知ってる?」
「知らない……ごめんなさい……」
私はみるみるうちにしゅんとなって、アイラの腕の中に更に潜り込んだ。
あぁぁ、どうやら飛んでる時に落としてしまったみたい。内容も聞かなかったし……もしこれが重要な連絡だったらどうしよう……。隊長さんにもう顔向けできない……せっかく、私に頼んでくれたのに……。
「ごめん、なさい……アイラ」
「ルーナ、大丈夫だから。泣かないで」
「泣いてない……もん」
精一杯の強がりだったけど、あんまり説得力はなかったと思う。
「お前、そそっかしいやつだな! せっかくの伝令を失くしちまったのか」
尻尾を丸めて、顔を騎士服へ埋める私のもとに、また別の声が掛けられた。
げらげらと高らかに私をからかうのは、ライルだった。姿は見えないけど、そのニヤついた笑みは容易に想像できる。
「ちょっとライル、そういう言い方は無いんじゃない?」
「はは、そうだな。ごめんな」
「……………………」
アイラに注意され、素直に謝るライル。普段なら私も怒り返しているところだけど、今回ばかりはなにも言えない。だって私がただただ悪いんだから……。
居心地悪くもぞもぞとただ服の中にうずもれていると、ライルがあるものを私の顔の近くでチラつかせた。
「なあ、お詫びの印に――どうだ? これ食って、一回落ち着くといい」
それがなんなのかは分からなかったけど、仄かに漂うお肉の芳しい匂いに、思わず鼻をひくつかせた。
それが食べ物であるとすぐに理解した私は、恐る恐る顔をあげて、ライルの方へと振り向いた。ライルは相変わらず笑顔だった。
「……………………食べる」
本当は遠慮するべきところなのかもしれないけど、ライルの好意を無下にしないためにも、ここは素直に頂くことにした。
決してお腹が空いていたとか、おやつが欲しかったとか、そういうわけではない。本当に。
「美味しいか?」
手渡されたのは、1本の平たくて細長いジャーキー。少し獣臭さはあるものの、この独特の食感と意外と強い塩味がクセになる。
ライルのその問いかけに、私はもっしゃもっしゃと咀嚼しながら頷いた。
やっぱり食べ物というのは不思議な力を持っているようで、そうしてジャーキーをしっかりと平らげると、なんだかむずむずとしていた気持ちが落ち着いて、冷静さを少し取り戻したような気がする。
ありがとうライル、私、ちょっと元気になったよ。
「……ねえ、ライル」
「なんだ?」
ジャーキーが完全になくなったところで、私はライルにひとつ疑問を投げかける。これは……まあ、わりとずっと気になっていたことだ。
「なんでみんな、おやつ持ってるの? お腹空くの?」
第8隊の騎士たちはなぜだかみんな、何かしらのおやつを持っている。それはジャーキーのような干物だったり、あるいは甘いお菓子だったり。今回のように私が落ち込んでいるときや、あるいは私が何かで褒められたときのご褒美に、毎度毎度すっとおやつが即手渡される。
みんなポケットに仕込んでいるみたいだけど、どうにも彼らがそれを食べているところはあまり見かけない。不思議だ。
「ルーナ、それは分かってて聞いてるのか?」
「どういうこと?」
「……ああ、気にしないでくれ」
なぜだかライルは、答えをはぐらかすかのように口籠もった。
「ライル、教えてよ。どういうことなの?」
私がさらに尋ねようとしたところで、アイラが横槍を入れる。
「そんなことより、私の分も食べる?」
「いいの?」
「もちろん、好きなだけどうぞ」
アイラのポケットから、また更にジャーキーが出てきた。形状は少し違ったけど、やはり美味しそうだ。
素直にそれを受け取ると、私は再びそれを口に放り込んだ。ふふ、これも美味しいね。
「分かったか、ルーナ」
「うん?」
「いいや、大丈夫だ。お前が嬉しそうで何よりだよ」
ライルが最後まで何を言いたかったのかはわかんないけど、ジャーキーが美味しいことだけはよく分かった。
うーむ、緊急時に食べる用……とかなのかな? それか、私が知らないだけで、普通に軽食として食べているとか。
どちらにせよ、そんな大事な物を分けてくれるなんて、みんな優しいよね。そう思えば、ちょっと申し訳ない気もしてきたけど、今更断るのもなんか変だ。
よし、今度もらったときは、今までよりもっと感謝の気持ちをこめて「ありがとう」って言うようにしよう!
「ありがとう! アイラ、ライル!!」
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