93.おつかい(1)

 あっという間に数日が経ち、やってきた決行の日。私はカラカラと進む馬車の天幕の上で寝っ転がっていた。

 尻尾を上下させて、布をぱんぱんと叩く。この絶妙な張力は、まるでハンモックのようだ。


 火山の麓は青々とした木々が生え揃い、砦の近くとは違って明るく開けた森といった印象だ。この辺りは山道が整備されていて、馬車でも通行することができる。

 道中、内心ではちょっとドキドキとはしていたけど、それを感じさせないくらいの平和で静かな行程で、寝ぼけ眼をこすりながら私はウトウトしていた。


 あの会議の日以来、1回だけ海は行ったけど……でも、ヴァルにいろいろ話を聞いたり、準備のお手伝いをしたり……あんまり仕事した感はないけど、たぶん役には立ってるはず!

 別に、遊んでたわけじゃないよ? そうだよね?


「お前……ちっちゃいんだな……」

「ふぇ?」


 ヴァルが突然真上から声を掛けてきて、私の意識はふと覚醒する。

 私と同じくヴァルもドラゴンの姿。その美しい真紅の体表を輝かせながら、騎士たちの隊列に付き添うようにゆっくりと飛んでいる。

 その光景を見て、街では「騎士が赤竜に襲われている」というあらぬ噂を立てられたりなんとか。まあ、私には関係のない話だが。


「ヴァル、どうしたの急に?」

「……いやなんでもない」


 それはさておき。私が逆に問いかけると、ヴァルはなぜだか微妙な顔をして、その視線をすっと逸らした。えっと、本当にどうしたの?

 私が頭に疑問符を浮かべていると、不意にヴァルに向けて声が掛けられる。


「……弱いものいじめ」

「ひぃっ!?」


 セレスの小さく語りかけるような声に、ヴァルは飛び上がった。いや、空中で「飛び上がる」というのも変なんだけど、実際にそう表現するしかないほど、ヴァルの体はびくりと震えあがっていた。

 相変わらずだね……。ヴァルの怯えようは相当なものだ。


「セレス、あんまりからかっちゃだめだよ」

「うん」


 荷室から顔をだすセレスに、私はそう注意しておいた。

 そのついでに、お昼寝はほどほどに切り上げて、私も荷室の中へと入ることにする。ぴょんと天幕から飛び降りて、セレスの腕の中にダイブ。

 ぽんぽんと頭を撫でられているところで、御者席にいる隊長さんから声がかかる。


「ルーナ、すまないが先遣隊にこれを届けてもらうことはできるか?」


 手渡されたのは、1通の手紙。なにが書いてあるかは分からないけど、きっと重要なことが記されているんだろうな。

 ちなみに”先遣隊”とは、先に山のチェックポイントまで向かって、拠点の設営を行っている部隊のことだ。アイラとライルもそこにいるんだって。

 そこへ行って、これを渡せばいいんだね!


「大丈夫!」

「拠点の場所は分かるな?」

「うん、もちろん。双子岩があるところだよね?」

「流石だな、頼んだぞ」

「ふふん、まかせてよ」


 目的地は、双子岩という文字通り巨大な岩盤が2つ横に並んだ地点。見たことは当然ないけど、このまま道なりに行けば着くらしい。今までにもこういうおつかいは何回かやってるし、最悪迷子になったときの合流地点も決めてある。

 つまり、余裕なのであるっ! 無事にこの手紙、みんなのもとに届けるからね!!


 私はその手紙を両手で挟み込むように捕まえると、そのまま飛び出そうと――したところ、セレスに引き止められる。


「まって、ルーナ。忘れもの」

「うん?」


 私はその言葉に振り向くと、……げっ、鈴付きの首輪じゃん。

 いや、そ、それ、別に要らないんだけど。だって、なんか恥ずかしいじゃん……。私最近はそれ付けてないんだけど……今日も別に無くてよくない?


「だめ、危ない」

「……はい」


 数ヶ月ぶりに見たそのアイテムの登場に、私の顔はちょっと引き攣っていたような気がする。でも、セレスのなんともいえない気迫に押されて、結局は装着させられる羽目になった。

 やだなあ。ペットみたいだし、恥ずかしいなぁ。


「似合ってるぞ」


 どこが似合ってるんだか!

 そんなことを言う隊長さんに向けて、やかましく鈴の音をわざと鳴らしておいた。ちりんちりん。


「……じゃあ、行ってくる」

「がんばって」

「頼んだぞ」


 微妙な気分になりながらも、私は翼を大きく広げ、その体をふわりと浮上させる。周期的な風が発生し、あっという間にヴァルと同じ高度にまで上昇した。


「ヴァルも大人しくしててね」

「お前に言われる筋合いはないぞっ! ……ってルーナ、なんだその首にあるやかましい物は」

「おねがい。気にしないで」


 私の死んだような目に、ヴァルも困惑しながら「あ、ああ……」とだけ答えていた。世の中には深堀りしないほうがいいこともあるのだ。


「……………………」


 ま、まぁ、このことは忘れよう。いまはお仕事にだけ集中すれば良いのだから。

 ふわりと独特の浮遊感を感じながら、心地よい風を身体全体に受ける。山道の道筋を確認しながら、私はお手紙を届けるために大空を羽ばたくのだった。ちりんちりん。

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