92.会議(2)
「でもさ、ヴァルは元の場所に帰れて、街の人は困らない。どっちも幸せになれるし、良い考えだと思うんだけど……」
私はそっと耳打ちするように、横から説得を試みる。
うーん、この反応を見るに、別にヴァルも完全に嫌がっているというわけではなく、ただただ人に手伝ってもらうことが嫌なんだろう。
でも、住処の問題も食糧の問題も一気に解決できるし、ヴァルにとってはメリットしかないと私は思うんだけどなぁ。
「どうかな、ヴァル」
だが意外にも、私の言葉に少し悩んだ様子を見せたヴァルは、すぐにその結論を出した。
ヴァルは椅子から勢いよく立ち上がると、そのまま騎士たちに向けて高らかと宣言した。
「…………分かった、いいぞ。そして、こいつも連れていく」
ちょっとまって、私関係なくない??
がばっと腕を掴まれ、わりと強い力でヴァルに引き寄せられる。
「えっ、私なの!?」
「当たり前だ!」
なにが当たり前なのかわからないけど……うーん、でもまあ、別に行きたくないわけじゃないしなぁ。
少し考えたのち、私は隊長さんの方へと振り向いた。
「って言ってるし……私もついていくことにする」
「良いのか、ルーナ」
「うん、いいよ。それに、みんなのお手伝いしたいし」
実は私、砦にいるときにもみんなのお仕事の手伝いをしていた。空を飛べるというのは案外役立つらしくて、少し離れたところの偵察だったり、あるいはなにか物資やら手紙やらを近くの部隊に送り届けたり。
何よりみんな感謝してくれるので、お世辞でもやっていて楽しい。やっぱ人に感謝されるのって嬉しいんだなぁ。
だから今回も……ちょっとフェンリルは怖いけど、でも少しでもお手伝いはしたいなぁ、とは初めから思っていたのだ。
「そうか、じゃあ行くぞっ!」
「え、今から!?」
掴まれた私の腕を引っ張りながら、部屋の外へと向かおうとするヴァル。
いやいや、まって。そんなすぐに行くわけじゃないんだって。というか、私たちだけで行っても何もできないでしょ!
私はヴァルに連行されないように抵抗するも――えっ、力つよっ!
「まって、ヴァル。すぐじゃないから! 引っ張るのつよいってば!」
「なんだよ、手伝ってくれんだろ?」
いや、それもそうなんだけどさ!
困った私は隊長さんに助けを求めることにした。
「あの今日は無理だよね!」
「ああ、その通り。我々にも準備が必要だ。少しだけ待ってくれないか?」
「だってさ、だから今日は無理なの」
隊長さんの「準備が必要」という一言に、ヴァルは口を尖らせて不機嫌そうに「ちぇ」と漏らした。
なんだ……意外と乗り気なんじゃん。
ヴァルが私の手を離したところを見計らい、そこからすっと遠ざかる。そして、部屋の後ろの方でうたた寝をしているセレスに、私はぎゅっと抱きついた。
「それと、セレスも連れていくから。いいよね、ヴァル?」
「げっ」
セレスと目が合ったヴァルは、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
相当あの時の戦いがトラウマなのか分かんないけど、ヴァルはセレスに近づこうとしない。万一セレスが近づいてきたときも、ヴァルはぷるぷると震えながらセレスを睨みつけている。まるで威嚇する猫のようだ。
でも当のセレスは気にもしていないし、それどころかもう一回寝ようとしている。いやちょっと……私を抱き枕にしようとしないで。
セレスのすぐ近くも危なそうなので、結局私は隊長さんの膝の上へと逃げ出した。
「じゃないと、私は行かないから」
「……分かったよ」
私の牽制に、渋々と頷くヴァル。
なにやら不服そうではあるけど、一応オッケーではあるみたい。よし、ヴァルが何か変なことしでかしたら、セレスに止めてもらおう。
「それで、決行はいつにしましょうか」
「事前の現地調査と計画立案はそちらに任せよう。いつ頃なら可能だ?」
「我々は……そうですね、早ければ3日といったところでしょうか。既にある程度用意は整っていますし、あとはもう少し情報さえあれば」
「こちらからも必要なサポートは行う。なにかあれば言ってくれ。
あとは、赤竜からの聞き取りもこちらで行おう。彼女からの情報も十分役立つだろう」
「それは助かりますね」
大まかな方針が決まったため、すぐに詳細を詰めはじめる隊長さんとアルベルトさん。こういうところのスピーディーさは、流石は2人とも隊長なだけある。
……でも、早ければ3日か。それまではお休みってことだ。
一応、ここには遊びに来たわけじゃないんだけどさ、これは仕方ないよね! なんか温泉とか街歩きとか、ここに来てからというもの遊んだ記憶しかないけどさ。
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