91.会議(1)
もちろんヴァルに「働く」なんて芸当ができるはずもなく、残った所持金で屋台のご飯をやけ食いしていた。
今度、その言葉の意味を教えてあげよう。そう私は心に決めた。
それはそれとして、ここ最近まともにご飯を食べていなかったらしいヴァルは、人目も気にせず口や手が汚れることも厭わず、ひたすらに色んな食べ物を頬張っていた。
フェンリルに襲われたこと、馬車の強奪に失敗したこと、セレスに返り討ちにされたこと、そして私との
うん。まあ、幸せそうなら良かったよ。
……それはいいんだけど、
「私のこと食いしん坊だとおもってる?」
「違うの?」
「違うっ! もう、アイラまで!!」
どうやらみんな、大きな勘違いをしている。
私は別に食いしん坊なんかではない。確かに美味しいものは好きだけど、食べ物にしか目がないと思われているのは納得いかないよ。
「ルーナ、そのカップを持ったままだと説得力が皆無だぞ」
「……これは……暑いからだもん」
私の手の中には、イチゴセーキのカップが。甘酸っぱくて、なによりキンキンに冷えていてとても美味しい。
くっ……これの何が悪いの! せっかく海辺の街にきたんだから、冷たいジュースくらい飲んだって良いでしょ!
「ルーナ、私のいる?」
セレスがそう言って、2杯目のイチゴセーキを手渡そうとしてきたけど……やめてね? セレスも私のこと、そうやって思ってるってことなの?
「……セレスのばか」
「ルーナ? イチゴ、嫌い?」
「好きだよっ!」
うまく反論もできず、更にセーキを差し出してきたセレスに対して私は八つ当たり。
「ずごごごごご」という音を立てながら、口いっぱいに甘酸っぱい液体を含み、私は頬を膨らませるのだった。
◇
「――というわけで、フェンリルが原因だということが判明した」
ぴりりとした空気の中、隊長さんの声が部屋に響き渡る。
机を挟んで突き合わせるのは、私たち第8隊の騎士たちと第10隊の騎士たちの面々。諸々の調査? で分かったことを共有する会議なのだが、その中に張本人たるヴァルの姿があるのは少し面白い。
当のヴァルは全く興味なさげな様子だったが、アルベルトさんら第10隊の騎士たちの視線は、ヴァルの方へと自然と集まる形になっていた。
「ふむ……とすると、我々に対して敵意はないと?」
「それはこの数日間で散々分かったことだろう。もし敵意があるのなら、この場で大人しく座っているはずがない」
「それは確かにそうかもしれませんが……」
アルベルトさんは、何か言いたげなまま押し黙った。
そりゃそんな言い方になるのも分かる。色々と問題を起こしていた犯人が目の前にいるのだから、なにかしら思うところはあるだろう。
……でもね、ヴァルは別に理由もなく人を傷つけようとしたわけではないし、やむにやまれぬ事情があったんだから、ちょっとだけでもいいから許してあげて欲しい。
アルベルトさんもそのことを分かってはいるのか、それ以上になにか言うことはなかった。
「我々にできることといえば、フェンリルの討伐くらいでしょうか」
「ああ。これ以上、彼らを放置しておくわけにもいかないからな」
「確かに、ドラゴンを追い出すほどの群れともなれば、今後さらなる脅威も考えられますね」
アルベルトさんはひとつ頷いた。
厳密な定義はないみたいだけど、人に大きく危害を与える生き物を「魔物」と言う。それは、彼らが魔力を多く持っていることに由来しているみたいだけど――フェンリルもそれに当たる。
当然のごとく敵対的で強力であり……つまり、放置していたら、ここに住む人たちに被害が及ぶ可能性があるということなのだ。それならば、今のうちに解決しておこうという算段のようだ。
「それに今なら、赤竜に貸しがつくれる。そうだろう?」
隊長さんは、ヴァルの方を向いてそう問いかけた。
「うん? なんだ、呼ばれたか?」
一方のヴァルは、全く話を聞いていなかったようで、ぽりぽりとクッキーを頬張りながら不思議そうな顔をしていた。
仕方がないので、私が今までの内容を要約して教えてあげる。隣の席のクラスメイトが先生に当てられたときに、こっそり答えを教えてあげたとき、みたいな気分だ。
「ヴァル、みんながフェンリルの討伐を手伝ってくれるって話だよ」
だがヴァルは私の話を聞くと、血相を変えて拳を振り上げた。
「そんなものは必要ない!」
「でもヴァル、負けたんでしょ? フェンリルに」
「うぐっ……、私は負けてなんかいないぞ! 今は……タイミングが悪いだけだ」
苦々しい表情で言い訳をするヴァルに、対する騎士たちも苦笑いを浮かべている。
……みんな、分かってあげてほしい。
もともとヴァルはこういう性格なんだよ。
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