91.会議(1)

 もちろんヴァルに「働く」なんて芸当ができるはずもなく、残った所持金で屋台のご飯をやけ食いしていた。

 今度、その言葉の意味を教えてあげよう。そう私は心に決めた。


 それはそれとして、ここ最近まともにご飯を食べていなかったらしいヴァルは、人目も気にせず口や手が汚れることも厭わず、ひたすらに色んな食べ物を頬張っていた。

 フェンリルに襲われたこと、馬車の強奪に失敗したこと、セレスに返り討ちにされたこと、そして私との勝負チェスに負けたこと――それらの鬱憤を全て晴らすかのように、それはもう喜びに満ちた表情で食べていた。


 うん。まあ、幸せそうなら良かったよ。




 ……それはいいんだけど、


「私のこと食いしん坊だとおもってる?」

「違うの?」

「違うっ! もう、アイラまで!!」


 どうやらみんな、大きな勘違いをしている。

 私は別に食いしん坊なんかではない。確かに美味しいものは好きだけど、食べ物にしか目がないと思われているのは納得いかないよ。


「ルーナ、そのカップを持ったままだと説得力が皆無だぞ」

「……これは……暑いからだもん」


 私の手の中には、イチゴセーキのカップが。甘酸っぱくて、なによりキンキンに冷えていてとても美味しい。

 くっ……これの何が悪いの! せっかく海辺の街にきたんだから、冷たいジュースくらい飲んだって良いでしょ!


「ルーナ、私のいる?」


 セレスがそう言って、2杯目のイチゴセーキを手渡そうとしてきたけど……やめてね? セレスも私のこと、そうやって思ってるってことなの?


「……セレスのばか」

「ルーナ? イチゴ、嫌い?」

「好きだよっ!」


 うまく反論もできず、更にセーキを差し出してきたセレスに対して私は八つ当たり。

 「ずごごごごご」という音を立てながら、口いっぱいに甘酸っぱい液体を含み、私は頬を膨らませるのだった。



「――というわけで、フェンリルが原因だということが判明した」


 ぴりりとした空気の中、隊長さんの声が部屋に響き渡る。

 机を挟んで突き合わせるのは、私たち第8隊の騎士たちと第10隊の騎士たちの面々。諸々の調査? で分かったことを共有する会議なのだが、その中に張本人たるヴァルの姿があるのは少し面白い。


 当のヴァルは全く興味なさげな様子だったが、アルベルトさんら第10隊の騎士たちの視線は、ヴァルの方へと自然と集まる形になっていた。


「ふむ……とすると、我々に対して敵意はないと?」

「それはこの数日間で散々分かったことだろう。もし敵意があるのなら、この場で大人しく座っているはずがない」

「それは確かにそうかもしれませんが……」


 アルベルトさんは、何か言いたげなまま押し黙った。

 そりゃそんな言い方になるのも分かる。色々と問題を起こしていた犯人が目の前にいるのだから、なにかしら思うところはあるだろう。


 ……でもね、ヴァルは別に理由もなく人を傷つけようとしたわけではないし、やむにやまれぬ事情があったんだから、ちょっとだけでもいいから許してあげて欲しい。

 アルベルトさんもそのことを分かってはいるのか、それ以上になにか言うことはなかった。


「我々にできることといえば、フェンリルの討伐くらいでしょうか」

「ああ。これ以上、彼らを放置しておくわけにもいかないからな」

「確かに、ドラゴンを追い出すほどの群れともなれば、今後さらなる脅威も考えられますね」


 アルベルトさんはひとつ頷いた。

 厳密な定義はないみたいだけど、人に大きく危害を与える生き物を「魔物」と言う。それは、彼らが魔力を多く持っていることに由来しているみたいだけど――フェンリルもそれに当たる。

 当然のごとく敵対的で強力であり……つまり、放置していたら、ここに住む人たちに被害が及ぶ可能性があるということなのだ。それならば、今のうちに解決しておこうという算段のようだ。


「それに今なら、赤竜に貸しがつくれる。そうだろう?」


 隊長さんは、ヴァルの方を向いてそう問いかけた。


「うん? なんだ、呼ばれたか?」


 一方のヴァルは、全く話を聞いていなかったようで、ぽりぽりとクッキーを頬張りながら不思議そうな顔をしていた。

 仕方がないので、私が今までの内容を要約して教えてあげる。隣の席のクラスメイトが先生に当てられたときに、こっそり答えを教えてあげたとき、みたいな気分だ。


「ヴァル、みんながフェンリルの討伐を手伝ってくれるって話だよ」


 だがヴァルは私の話を聞くと、血相を変えて拳を振り上げた。


「そんなものは必要ない!」

「でもヴァル、負けたんでしょ? フェンリルに」

「うぐっ……、私は負けてなんかいないぞ! 今は……タイミングが悪いだけだ」


 苦々しい表情で言い訳をするヴァルに、対する騎士たちも苦笑いを浮かべている。


 ……みんな、分かってあげてほしい。

 もともとヴァルはこういう性格なんだよ。

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