89.お出かけ(2)
「お待ち」
「わーい、ありがとー!」
袋に入った唐揚げが手渡される。袋越しにでも温かいくらいには熱々で、ほくほくと湯気が漏れていた。
スパイスのかぐわしい香りと、パリパリに揚がった茶色の衣。見た目は前世で食べた唐揚げそっくりだ。こんなの美味しくないわけがないよ。
待ちきれなかった私は、セレスとヴァルの分が届く前に、抜け駆けでぱくりと1個食べてしまった。
案の定、とても美味しかった。カリカリの衣をかじると、中からじゅるっと肉汁が溢れ、鶏肉独特の白い身がお目見えする。さっぱりとした味わいながらも、ちょうどいい塩梅の下味がしっかりと染み込んでいて、なんだか店主さんのこだわりを感じる。
ちなみにこの「火吹鳥」は、この南方地域に生息している鳥型の魔物らしい。大きさは普通の鶏の3倍くらいで結構デカい。その名の通り、威嚇するときに火を吹く(!)のだが、臆病な性格な上、別に大して炎が強力なわけでもないので、大人1人で簡単に捕まえられてしまうのだとか。その上こんなにも美味しいんだから、生存戦略を誤っているとしか思えない。
「2人の分も。熱いから気をつけな」
セレスとヴァルの分もすぐに届いた。私が受け取ると、そのまま2人にそれぞれ手渡す。
すぐに食べ始めたセレスだったが、それとは対照的に、なぜだかヴァルは全く口にしようとしなかった。
「
「……………………」
「ルーナ、喋る時は食べちゃだめ」
唐揚げを山盛り頬張りながら喋ったら、セレスに注意されてしまった。ごめん。
「……ヴァル、私のあげる」
急いで肉を呑み込んだ私は、がさがさと自分の唐揚げ袋の口を開け、取り出したひとかけらをヴァルの口に押し込んだ。
「おい、なにすんだよ!」
「いいからいいから」
ヴァルは少し嫌がる素振りを見せたものの、間近でその匂いを嗅いだせいか、恐る恐るといった様子で唐揚げを頬張った。
さくさくという咀嚼音が小さくなっていくにつれて、ヴァルの表情は徐々にほころんでいった。
「ね、美味しいでしょ」
私の言った通りでしょう?
ったく、素直じゃないんだから。
案の定、ヴァルはその一口を皮切りに、自分の分を1つ、また1つと凄い勢いで食べ始めた。その食べっぷりに私もなんだか嬉しくなるが……やがて、ヴァルの表情が私の予想だにしなかったものに変化していった。
「っ…………うっ、くっ…………」
私の視線に気がついたヴァルは、咄嗟にその顔を腕で覆った。だが、その声は明らかに――泣いてる?
「ヴァル……?」
「なんでもないっ……!」
その赤い髪の隙間からは、涙が
なんで……私、悪いことしちゃったかな……。
ヴァルの啜り泣くような声に焦った私は、とにかく一旦落ち着いてもらおうと、がさごそと自分の袋を再び漁る。
「もう1個食べる?」
「……なんでそうなるんだ!」
怒られてしまった。解せない。
◇
少ししていつもの調子を取り戻したヴァルは、唐揚げを全てぺろりと平らげ、何事も無かったかのように歩き出した。
「涙が出るほど美味しかったんだねー」
「……私は泣いてないぞ」
そっかそっか、泣いてないのか。
ヴァルがそう言うのなら、そうなんだろうね。
「おいルーナ、笑うな!」
「あはは、ごめんごめん」
この期に及んで強がるヴァルに私はにんまりとしていたが、それに対してヴァルは顔を真っ赤にして抗議していた。
うがー、と怒る様はまさにドラゴンだなって感じだったけど、見た目が普通の少女だから迫力はない。
うーん、やっぱりこういうところを見ると、ますますヴァルが悪い子だとは思えないんだよなぁ。
強がりで不器用だけど、実は素直でわかりやすい。そんなこの少女が、ここ一帯で恐れられている「エストラーダの赤竜」だなんて。
ついぞ気になった私は、単調直入にヴァルに聞いてみることにした。
「ヴァルはさ、なんで人を襲ったりするの?」
「……なんだ、急に」
ヴァルは冷えるような声で言った。それはなんだか……聞かれたくないことを聞かれたような声だった。
このまま質問し続けるかどうか少し躊躇ったものの、でもここで引き下がるのも少し違う気がした。
「ヴァルは人が嫌いなの?」
「そういうわけじゃない」
「ならどうして?」
私の問いかけに、突然ヴァルがその歩みを止める。
「……笑わないか?」
「えっと、それは……」
「笑わないかどうか聞いてんだ!」
ヴァルは睨みつけるような真剣な目つきで、私に凄んだ。
なんでそんなことを聞いてくるのか分からなかったけど、私の方だって真剣だ。最初から笑うつもりなんてないよ。
「分かった、笑ったりしない」
「……約束だぞ」
「うん」
強く念押しするヴァルに、思わず私も表情を引き締めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〔あとがき〕
近況ノートにも書きましたが、小説家になろう側で手が滑って作品を消してしまいました……。
よかったらこっちでも読んでやってください↓
https://ncode.syosetu.com/n9730iy/
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