88.お出かけ(1)

「ヴァル、似合ってるよ!」

「そ、そうか……?」


 私にチェスで敗北を期し、えらくしおらしくなっていたヴァル。約束通り、お出かけに付き合ってもらうことになった。

 どこか満更でもないヴァルの様子に、私のほうも自然と笑顔になる。

 私の真っ白なローブをすっぽりと被り、ツノとウロコを隠したヴァル。流れる真っ赤な髪がフードの端からこぼれていて、なんだか差し色のようでとても可愛らしい。


 もともとは、ヴァルと仲良くなって、悪事を働くのを止めてもらおうと打算的に動いていたんだけど……今はなんだか、ただ単純にヴァルのことをもっと知りたいなと思っている。

 私、別にヴァルは悪い子じゃないと思うんだよね。

 何か理由があるのか、それともただ常識をしらないだけなのか。どちらにせよ、このお出かけはヴァルを知るための大きな一歩だ。


 ……あわよくば、セレスに次いで2人目のドラゴン友達ができたらいいな。


「じゃあ、ヴァル……行こっか!」

「あ、ああ」


 お気に入りの紺のローブを被った私は、ヴァルの手を引っ張って部屋の扉を開けた。

 外では、隊長さんを初めとした騎士の面々が私たちを待ち構えていた。


「まるで姉妹みたいですね、とてもお似合いですよ!」

「えへへ」

「姉妹じゃないっての……」


 ルルちゃんの称賛に、ヴァルはぶつぶつと小声でなにか文句を言っていた。

 でもね実際、結構似合ってると思うんだ!

 そもそも両方とも私のローブだから、つくりはどちらも一緒。要は色違いというわけだ。人間体のときの身長が近いことも相まって、本当に姉妹のように見える……気がする。


 ただアイラからは「なんか怪しそう」と言われてしまった。

 冷静に考えれば、確かにそうだ。ローブを深く被った2人組だなんて、かなり不審者に見えるよね。

 

 ……まあでも周りに騎士がいるから大丈夫なはずだ。多分。


 そんなことはおいておいて。

 ぷるぷると首を振って気を取り直した私は、ヴァルをまたしても引っ張って外へと連れ出す。


「はやく、行こう」

「――わっ、引っ張るな!」


 うふふ、今日はどこに行こうかなぁ。

 もちろんご飯も食べたいし、せっかくだからちゃんと観光もしてみたい。

 楽しみだね、ヴァル!!



 ヴァルを引き連れて、街中を闊歩する私。ただ途中、嫉妬したセレスによって、ヴァルと繋いだ手を強奪されるというハプニングが発生。

 ヴァル……めちゃくちゃセレスにビビってたよ。

 あの怯えっぷりと言ったら……もうね。そろそろ仲良くして欲しい。


 ちょっと気まずい雰囲気になったところを取り持とうと、私は2人に行きたいところを尋ねてみた。


「ヴァルはどこか行きたいところある?」

「無い」

「……セレスは?」

「ルーナが行きたいところ」


 なんだこいつら。


 ……とは思ったけど、でも、お出かけに付き合ってもらっているのは私の方なんだった。

 とりあえずセレスは何でもいいとして、ヴァルが何を楽しいと思うかだよね。せっかく遊びにきたんだから、ヴァルには思う存分楽しんでほしいのだ。

 うーん、ヴァルの好きそうなもの……ヴァルの好きそうなもの……


「あれ、食べよ!」


 迷った時はやっぱり、食べ物が一番だよね!


 そう言って、私は通りにある一軒のお店を指した。


「さっきお菓子食ってたくせに、もう食うのかよ」


 後ろを歩く騎士たち(特にライル)からの指摘は気にしない。

 おやつは別腹だから、いくら食べてもいいのである。


 そのお店……というより屋台からは、スパイシーな独特な香りがぷんぷんと漂っていた。

 一応建物はあるんだけど、その正面には壁がなくて、道にせり出すようにテントが伸びている。大体こういうところでは、食べ歩きできるものが売ってあると相場が決まっているのだ。


 あとで聞いたところによると、観光地でもあるこの街では、やはりこういう食べ歩きができるお店が多いらしい。王都にも屋台はあることにはあったが、断然ここの方が多い。ただ……今は大体閉まっちゃってるけど。


 すでによだれを垂らしかけている私は、軽いステップを弾ませながらカウンターへと駆け寄った。


「いらっしゃい。

 ……子供かい? こんな時に珍しいねぇ」


 突然あらわれた私たちを、不思議そうに見つめる店主のおばさん。

 赤竜騒動でみんなお家に引きこもっているなか、子供3人だけでこんなところに現れたら、流石にそんな反応になるのも無理はないだろう。

 ……実は、その赤竜ご本人がここにいるんだけどね。


「これください!」


 だがそれよりも、最も大事なのはご飯だ。

 看板に掲げてあった絵を指し、元気よく注文する。


「火吹鳥の唐揚げだね。いくつだい?」

「えっと……」


 私はセレスとヴァルの顔を交互に見る。


「ふたつで!」

「……はいよ」


 そう言って、硬貨を店主さんに手渡す。

 これは、私とセレスの分で2つだ。


 ………………いや、なにも意地悪したってわけじゃないよ!


「ヴァルも食べたい?」

「……………………」


 なんだか羨ましそうに、この一連のやり取りを眺めていたヴァル。

 私の問いかけに答えはなかったが、その無言は肯定と受け取ろうじゃないか。


「お金持ってるでしょ? それを渡して、食べ物と交換するんだよ」

「えっと……これを使うのか?」

「そう!」


 ヴァルには、私とは別でお財布を渡しておいたのだ。隊長さんからのお小遣いである。これを使ってもらうよう、わざとヴァルの分は注文しなかったのだ。

 その中から恐る恐る銅貨を取り出すヴァル。私を真似るように、それをヴァルは差し出した。


「私も……同じのをくれ」


 本当にあのヴァルなのか疑いたくなるほどちっちゃい声だったけど、一応店主さんには伝わったようだ。

 お金を受け取ると、私たちの分と合わせて調理に取り掛かる店主さん。

 油で揚げるじゅわーという効果音が心地よく聞こえ、私は興奮を抑えきれなかった。

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