87.勝負(2)

 一通り、チェスのルールをヴァルに仕込み、ついに「勝負」が始まった。

 ちなみに私は砦で何度か遊んでいるので、一通りルールは知っている。まだまだ初心者だけどね。


「頑張るんだぞ」

「赤竜をぎゃふんと言わせてやれ!」


 気づけば周りにはどっとギャラリーが集まっていて、みんな興味津々に私たちと盤面を鑑賞していた。

 掛けられる歓声は、ほとんど私に向けてのものだった。若干、赤竜ヴァルに対する怨嗟がこもっているような気がしなくもないが……隊長さんの眼光によってそんな声はすぐになくなった。

 ……当のヴァルは、意外と気にしていない様子だったけど。


 先手はヴァルの方から。「うーん、これだな」なんて言いながら、恐らく当てずっぽうに選んだ駒を前進させる。

 代わる私も、駒を少しずつ前に進めていく。真ん中の方に駒を集めるのが大事なのだ。


「ルーナ、ここなんかどうだ?」

「あ、そうだね!」

「おいズルいぞっ!」


 隊長さんはチェスが強い。

 いつも砦で遊ぶときは、絶妙なタイミングで良い手を教えてくれたりするんだけど、それには流石のヴァルも怒っていた。


 まあ、そんなこともありつつ。

 結局、20分ほどでチェックメイトを宣言し、私の勝利に終わった。まぁ……私もまだまだ初心者だけど、流石に全く初めての相手には簡単に勝つことができた。

 定石もなにもなく、ただただこちらから真っ直ぐ攻めるだけで勝てるから、正直いって楽ちんだった。ヴァルはそれを防ぐ方法を知らないのだから、当然の結果だね。


「うぅ…………いっ、今のは練習だぞ!」

「わかった、練習だね」


 涙目になりながら、往生際悪く練習だと言い訳をするヴァル。

 でも流石の私も可愛そうだと思ったし、なによりせっかくのヴァルからの再戦の申し込みだ。隊長さんからのアドバイス、という名のズルもあったしね。

 しょうがない。この勝負は無かったことにして、その可愛らしい言い訳を受け入れてあげることにした。

 

 しかし……、


「チェックメイト!」

「…………………………」


 少しだけ感覚を掴んだのか、さっきよりも明らかに粘りを見せたヴァルだったけど、やっぱりまだまだ私には敵わなかったみたい。

 一人がくっとうなだれるヴァル。あれだけ大口を叩いた手前、ショックも大きいようだ。周りの騎士たちからは歓声が上がる。


 そんな彼女に対し、私は不敵な笑みを浮かべながら話しかけた。


「……言う事を聞くって、約束したよね?」


 多少卑怯な手を使ったような気がしなくもないが、約束は約束。ヴァルはそれに納得して勝負に挑んでいたし、彼女自身もちゃんとそれを理解しているようだった。

 現に、ヴァルは涙目のままぷるぷると体を震わせている。


「な、なにをする気だ……!」


 その表情は、絶望、悲観、銷魂。

 顔をひきつらせながら、私を凄まじい形相で睨んでいた。

 ……い、いや、そんな酷いことしないからねっ!?


「はあ……ヴァル、ちょっと落ち着いてよ。

 あのさ、これから私と街へ遊びに行こうよ? それが約束、ってことでどう?」


 悲しみに打ちひしがれるヴァルだったが、私のその提案を聞いて、真っ赤な尻尾をぴょこっと立ち上げていた。


「お前、い……いいのか、そんなので」

「私もひきょーな手を使ったからね。それで許してあげる」

「自覚はあったのかよ!」


 私の告白に思わずヴァルはツッコミの声をあげる。騒がしいやつだな。

 ただ、そのぶすっとした表情の裏に、どこか満更でもない様子が見え隠れしていたのを、私は見逃さなかった。


「ってことなの、隊長さん。いいでしょ?」

「……ああ、構わないぞ」


 隊長さんのオッケーも貰い、私はうきうきとしながらヴァルの手を引っ張った。


「お、おい、なんだよ」

「このまま街にいったらバレちゃうから、着替えるよ!」


 戸惑うヴァルは放っておいて、要塞内の第8隊が一時的に使用している区画へと向かう。

 というのも、まだ赤竜騒動は全然落ち着いていない。むしろ、連日ヴァルが姿を見せるせいで、街の緊張感はどんどん高まっているだろう。そんな中でヴァルがこのまま外へ行けば、新しいトラブルになりかねない。


 まだ魔法が未熟なヴァルは、ツノも尻尾も隠すことができない。セレス曰く「まだ子供だからしょうがない」とのこと。

 つまり私と同じで、全部を服で覆う必要があるというわけだ。

 幸いにも、ローブを初めとした私の変装セットには予備がちゃんとある。これをヴァルに貸してあげて、そのまま街に遊びに行こうという魂胆だ。


「おい、銀竜姫が赤竜を手懐けたぞ……」

「それもボードゲームで……」

「なんてことだ、俺達の今までの活動は何だったんだ……」


 談話室を後にしようとしたとき、口々に騎士たちの声が聞こえてきた。

 内容は良いとして……ちょっといただけない二つ名が混じっていたけど。

 ――え、ちょっとまって。この「銀竜姫」っていうの、そんなに広がってるの!? やめて、恥ずかしいってば!!


 私は顔を真っ赤にしながら、そそくさとその場を立ち去るのだった。

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