84.海鮮料理屋(1)
「昨日のことで、より一層気が立っています。くれぐれも、その姿を人前で見られないようにしてください」
「わかった!」
街に出る直前のこと、そう釘を刺された私は元気よく答えた。すっぽり全身が隠れるローブで、露出対策はバッチリだ!
……かなり暑いけど、それは仕方ない犠牲だ。
アルベルトさんの言う「昨日のこと」というのは、言うまでもなく昨日の夕方起きた赤竜騒動のことである。
はるか上空で行われた出来事だったから、当然街からもよく見えたらしい。
セレスのおかげで街に直接の被害はなかったが、街の中心地から近くだったこともあってか、もともとあった赤竜に対する緊張感がより高まっているんだとか。
……なんなら、セレスのことを「謎の黒い竜」という第二勢力だと勘違いしている人もいて、収集がつかなくなっているみたい。王都ならいざ知らず、神竜セレスティアの馴染みの薄いこの街にとっては、セレスのこともただのでっかいドラゴンにしか見えないのだろう。この噂に関しては、第10隊の人たちがなんとかしてくれるらしいけど。
つまるところ、私がこのツノや尻尾を見せれば、赤竜の仲間だと勘違いされる可能性もあるわけだ。そもそもドラゴンに対する印象が著しく悪いのだから、私の正体が露呈することは何が何でも避けないといけない。
そんな状況のなか、外出を許可してくれた隊長さんやアルベルトさんには頭が上がらないよ。
――絶対にバレないようにしなければ。
そう決意した私は、フードの紐をぎゅっときつく縛り、燦々と輝く太陽に目を細めるのだった。
全ては、美味しい海鮮を食べるために。
◇
「ふんふんふ~ん♪」
「ルーナさんがいると、どんな場所に来ても楽しく感じますね!」
「私も!」
ルルちゃんの手をぎゅっと握り、鼻歌交じりに街を歩く私。
ふふふ、そんなこと言ってくれるなんて……私だって、ルルちゃんと一緒にいれば、どこだって楽しいんだからね!
「ルーナ……私は?」
「せ、セレスもだよ!」
寂しそうにこちらを見つめてきたセレスに、私は慌ててそうフォローした。
大丈夫だよ、セレスといっしょにいる時も楽しいからね!
若干の冷や汗をかきながら、もう片方の手でセレスとも手を繋いだ。これで許してほしい。
そんなやり取りをしていると、後方のアイラとライルの会話が耳に届いた。
「やっぱり、閉まってる店が多いわね」
「そりゃあ、昨日の今日だからな。ついに街にも赤竜が現れたつって、上を下への大騒ぎだぞ」
「その赤竜の正体が、あんな小さい女の子だって言うんだからびっくりよね」
「まったくだ。本当に人騒がせなドラゴンだな」
ふと周りを見ると……確かに、活気が少ない。アイラの言う通り、閉まっている店が点々とある。観光地だというには、いささか静かな気がするのだ。
もちろん、開いている店はある。出歩いている人もいる。
……だけど、どこか閑散としていて、街全体に元気がないような印象だった。
これも恐らく、赤竜騒動のせいだろう。
「どうやったら解決できるかなぁ……?」
私は騒動の中心人物であるヴァルの顔を思い浮かべた。
流石に勝負をするのは御免被るけどさ、ヴァルは言葉が通じるんだよね。意思疎通ができるのなら、なんとか私たちの要望を伝えることも不可能ではないはずだ。
だけど……あの戦闘民族っぷりを考えれば、普通の常識が通用しない可能性も十分ある。ヴァルが素直に諦めてくれればそれでいいんだけど、そういうわけにもいかないよね……。
ああ、もう。
これだけ一緒にいるセレスでさえよく分からないのに、ヴァルのことなんて分かんないよ……。ドラゴンは難しい。
「お前も解決策を考えてくれるのか。流石は、慈愛に満ち溢れた『森の銀竜姫』だ」
「あっ、それ忘れようとしてたのに! ばかライル!」
物憂げな表情を浮かべる私に、ライルは茶化すように私の恥ずかしい二つ名を蒸し返した。
そんな馬鹿ライルに、私は正義の鉄槌を食らわせる。実際には私の力が弱すぎて、ぽかぽかと叩くだけだったけどね!
「ここだ」
隊長さんが指さしたのは、通りのはずれの海岸沿いにある小さなお店……というよりは、掘っ建て小屋。
不揃いの木の板を継ぎ接ぎした、ぼろぼろで歪な小屋だったけど、そこから漂ってくる雰囲気にはなんだかそそられるものがあった。
「隊長、本当にここなんですか?」
「ああ、そうらしい」
アルベルトさんのオススメだというこの店に、同行する騎士たちも疑問の声を上げる。
でも、私には分かる。絶対美味しいところだよ、これ。
「みんな、行こうよ!」
「なんでお前はそんな乗り気なんだ……」
ライルがちょっと呆れていたけど、そんなことは気にせず私は先行してお店の中に入る。
内開きのドアをゆっくりと開き、お店の中をぐるりと見渡した。……またしっかし、建付けの悪いドアだね。
私は入ってまず、そのお店の構造に驚いた。
一番最初に見えるのが、でっかい海。入口の反対側の壁がないのである。
その代わりに簡易的な屋根がせり出すように伸びていて、その下にはいくつか無造作に席が並べられている。
ほぼ外。まるで海の家のようなスタイルだ。
「こんにちは!」
「………………」
無愛想な白髪のおじいちゃんが、調理場のところへ立っていた。おそらく店主さんだろう。
その店主さんは、私の方を一瞬だけ見ると、何も口から発さず目線だけでその辺の適当な席に座るよう目配せした。あとから入ってきた騎士たちも、同じように私のところに案内されていた。
今日は、この騒動のせいかお客さんは誰一人としておらず、私たちの貸し切り状態だった。
ぞろぞろと席についたところで、隊長さんがこんな提案をした。
「お前ら、今日は好きなだけ食べろ」
そんな気前のいい隊長さんによって、いつの間にかみんなのテンションは爆上がりだった。
「えっ、いいんですか、隊長!?」
「言っておくが、酒は駄目だぞ」
もう店の外観の話とかどうでもよくなってそうだ。
あとちなみにだけど、アイラが一番喜んでた。
「アイラ、いっぱいたべよう……!」
「もちろんよ」
そんなアイラの膝の上にしれっと座った私は、勢いよく拳を振り上げた。
絶品の海鮮料理を食べるために……なんてったって、今日は朝食を抜いてきたからね!
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