85.海鮮料理屋(2)

「でっかい……エビ」


 私の目の前に出されたのは、私の言った通りのもの――でっかいエビだった。

 いや比喩じゃなくて、ほんとにデカいんだよ。どのくらいかというと、ちっちゃい小型犬くらいはある!

 茹でられて真っ赤に変身したそのデカエビからは、もくもくとした湯気が絶えず溢れていた。


 ライルが熱がりながらもその胴体を半分に割ると、真っ白でぷりんとした身が溢れ出てきた。甲羅が厚いので見た目ほど食べられる部分は多くないが、そもそものサイズが桁違いなので、どちらにしても結構な量。

 本当は丸ごとかぶりつきたいところだけれど、この大きさだと流石に顎が外れちゃうので、結局は小さな欠片に切り分けてもらった。


「うっんまぁ~!!!」


 それは、心の底からの叫びだった。

 プリプリとした食感に、その大きさからは考えられないほど凝縮された濃厚な味。噛み切るごとにじゅわっと口の中に旨味と甘みが溢れて、もうたまらない。

 初っ端からこれほどとは……期待できるじゃないか……!


 エビを一通り味わって満足していると、矢継ぎ早に次の料理がやってくる。

 次はお魚だ。串刺しにされ、内臓もそのままに塩焼きにされた焼き魚(ちなみにサイズは普通だった)。銀色の表面には、いい感じの焦げ目がついていて、これもまた美味しそうだ。


 私は串を手に取り、その魚の側面を皮もろともがぶりと食らった。

 しょっぱくてパリパリとした皮の部分と、淡白でほろほろと崩れそうな身の部分。口の中で合わさることで、絶妙なハーモニーを生み出していた。


「ルーナ、あーん」

「ん」


 途中、セレスから差し出された貝の身を、ぱくりと一口で食べる。これも甘くて美味しい。口の中がもはや大海原だ。

 ……ふふ、アルベルトさんの言う通り。どれをとっても美味しいよ!


 行儀が悪いと分かっていながらも、嬉しさからぶらんぶらんと足を揺らす私。

 たくさんの海鮮料理に囲まれて、私はとっても幸せだった。




「――おい、ルーナ! 私と勝負しろっ!!」


 だが、そんな宴を邪魔するかのように、甲高い声がお店の中に響き渡った。


「あ、出た」

「出たな」

「何の用だ?」

「うるさい! 勝負しに来たって言ってるだろ!!」


 そこには、私を指さしながらきゃんきゃんと喚くヴァルが立っていた。

 昨日と同じく人間体での登場だったけど――赤い尻尾に大きなツノは健在。その様子を見た店主さんは、ぎょっとした表情を浮かべて奥へと逃げていった。


 口々に言う騎士たちにヴァルは怒鳴るが、騎士たちは意に介さないどころか、小さな子供を見るようなどこか温かい視線すら送っていた。

 そんなヴァルを見て、私はふうと深呼吸。


「勝負はしないって言ってるでしょ。……はい、これ。一緒に食べよ?」

「いらない!」


 私はヴァルに焼き魚を差し出した。

 いらないとは言いながらも受け取ったヴァルは、はじめはその串を持て余していたのだが……やがて、その匂いに耐えきれなくなったのか、ついにパクリと一口かじった。


「――――っ!」


 その一口を皮切りに、ヴァルはタガが外れたように一心不乱に魚の身を貪りはじめた。誰も盗るわけがないというのに、ぎゅっと串を大事そうに握りしめ、必死な表情のまま食べていた。

 そしてものの数分で、骨だけになった魚。ヴァルはそれを自分で見て、はっと我に返っていた。


「美味しいでしょ?」

「……っ、また来るからな!」


 なぜだかヴァルは涙目だった。なんで?

 またそんな捨て台詞を残して、ヴァルはドラゴンの姿に戻ると、翼をはためかせながら大空へと消えていった。なんだかデジャヴだ。

 その後ろ姿に、騎士たちが困ったように呟く。


「……なんだったんだ」

「本当にね。案外、お腹が空いたとかが悪事の理由だったりして」


 私はアイラの考えに、素直に頷くことはできなかった。

 ……それが正しいなら、私たちのご飯を力ずくで奪うだけで済む。勝負なんて回りくどい手段をとる必要はないはずだ。

 なのにヴァルは、頑なに私との「勝負」に固執する。平和主義の私にとっては、理解できない世界だ。


「でも……ちょっと近づけた気がするよ」


 ヴァルの考えは相変わらず分からないけど、全く話が通じない相手でも無さそうだと改めて思う。

 ヴァルが何を目的にしているのか分からない以上なんとも言えないけど、彼女も彼女なりでなにか考えているはずだ。それを理解できれば、きっと解決の道筋も見えてくるだろう。


 ――できることなら、私だってヴァルと仲良くしたいしね。

 でも、拳はノーだよ。これは改めて言っとく!



 気を取り直して席についた私たちだったけど、突然、店主さんから声を掛けられた。


「…………ありゃ、赤竜かい?」

「そうだ、よ?」

「嬢ちゃん、勇気あるな」


 相変わらず店主さんはしかめっ面のままだったけど、その口ぶりから私のことを好意的に捉えているのが分かった。

 そんな店主さんは、それだけ言うとおもむろに調理場に戻り……やがて、ひとつの皿を持って再び現れた。


「サービス」


 その小皿の上には、黄色いフルーツの身が一口サイズにカットされて盛られていた。なんの果物なのかは分からないけど、マンゴーのような梨のような、そんな瑞々しい感じの見た目をしていた。


「いいの!?」


 私がそう問いかけるも、店主さんは何も言わなかった。

 これは……食後のデザートということだろうか。


 突然の出来事に驚きつつも、試しにそれを一口食べてみたけど、これもまた甘酸っぱくて美味しかった。

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