83.ヴァルフニール

 はじめ赤竜は、なぜだか服を着ることを拒否していたが、流石にそれは痴女なので無理やり着せた。とりあえずは、私の予備の服だ。

 白のシャツに赤いスカートという、比較的ラフな格好。その派手な髪色と、シンプルめなファッションがマッチしていて、結構かわいらしい。


「こいつが赤竜か」

「そう、みたいだけど……」


 隊長さんの背後に隠れながら、私はその赤髪の少女を見つめる。彼女も彼女できっと私を睨みつけており、なんだかすごい形相をしている。今にも飛びかかってきそうだ。

 なんで私がこんなにも目をつけられているのかは分からないけど、いかんせんまだ小さい女の子の見た目なので、まだそこまでは怖くない。ドラゴンの姿に比べれば全然マシだ。


「名前は何て言うの?」

「私はヴァルフニールだ!」

「じゃあ、ヴァルだね」

「勝手に略すなっ!」


 腕をブンブンと上下に振って、地団駄を踏む赤竜――もとい、ヴァル。

 そんな彼女に対し、隊長さんは鋭い眼光で問いかける。


「ヴァル、我々に何の用だ?」

「うるさい、私はコイツと話をしているんだ! あと勝手に略すなと言っているだろ!」


 ヴァルは私を指差しながら、やっぱり地団駄を踏んでいた。そのキャンキャン喚く様は……なんだか小型犬のようだ。

 微笑ましくも思っていたのだが、しびれを切らしたヴァルは私たちのもとに近づこうとする。その瞬間、隊長さんの体が強張ったのが分かったが、


「ダメだよ」

「ぐっ…………!」


 セレスがそう静かな声で告げると、ヴァルの足はぴたりと凍ったように止まった。ヴァルのその苦虫を噛み潰したような表情に、私たちは面食らう。


 どうやら……セレスには逆らえないようだ。

 よっぽどあの尻尾攻撃が効いたみたい。めっちゃ嫌そうな顔してるって。


 よくよく考えれば、口では威勢が良いのにも関わらず妙に大人しいのは、セレスが背後に控えているおかげだろう。


「ヴァルは、私と勝負したいんだよね?」

「……そうだ」

「それはどうして?」


 執拗に勝負を望むヴァルに対し、私は率直にその理由を問いかける。

 ヴァルと私は初対面のはずで、なんら勝負をつけるような因縁などないはずだ。

 だがヴァルは、待ってましたと言わんばかりの、それはもう自慢げな表情で答える。


「私が一番つよいからだ!」

「……………………」


 そんな答えにもなっていない答えに、私は困り果てた。助けを求めるようにセレスの方を振り向くと、ただ首を横に振っているだけの姿が見えた。

 あの……ドラゴンって、こんなに戦闘民族なの?

 あれだけ盛大にセレスに負けておいて、よくここまで胸を張って言えるものだ。


「あの、ごめんね。私は戦わないよ」


 隊長さんの両足の隙間から覗き込むようにして、ヴァルの要求を突っぱねる。


「え…………なっ、なんでだ!」

「だって、痛いの嫌だもん」

「ダメだ、つべこべ言わずに私と戦え!」

「嫌だっていってるでしょ」

「負けるのが怖いのかよ!」

「そういう意味じゃないんだけど……」


 そんな押し問答を続けていると、気づけば何故だかヴァルの方が涙目になっていた。突然押しかけられて、ひたすら謎の要求を突きつけられているこっちの方が泣きたいんだけど。

 でも、私のきっぱりとした態度がついに伝わったのか、ヴァルは


「覚えてろよ!」


 という悪役みたいな捨て台詞を残しながら、夜空へと消えていった。

 ばびゅーんと空を高速で突き抜ける姿は颯爽として格好良かったけど、えぐえぐと嗚咽するような声が聞こえたのは気の所為ではないと思う。


「ルーナ、勝利おめでとう」


 呆然とその赤い影を見送る私に対し、アイラが皮肉っぽく言った。

 私はこてりと首を傾げながら、とりあえず「ありがとう……?」とだけ答えておいた。

 まぁ……少しだけほっとした。これでヴァルが大人しくしてくれれば良いんだけどさ、そうもいかないよね。


「大丈夫だったか?」

「へーきだよ」


 後ろからやってきた隊長さんが、私の頭を撫でる。

 なにかされたわけでもないし、特に心配するようなことはない。それに、セレスと隊長さんがいるから安心できるし。

 そうか、とだけ答えた隊長さんは、私に向けてこんな提案をする。


「明日は街に行くか? この辺りは料理が美味しいからな」

「っ行く!!」


 私は目を輝かせて答えた。

 そうだ、海が近いこの街では、海鮮がすごく有名なんだったんだ!

 比較的内陸にある砦の方では、ほとんど魚介というものを見たことがない。だから、私にとってこの世界ほぼ初めての海の幸。とっても楽しみである!


「私、おさかな食べたい」

「そうか。なら、アルベルトに聞いておこう。うちの姫様のお眼鏡に叶う逸品をな」

「ふふーん、一番おいしいところでお願いします!」


 漂う潮風に胸踊らせながら、私は隊長さんの手をぎゅうっと握る。

 すごく疲れた初日だったけど、明日のことを考えれば、不思議と元気が湧いてきた気がする。

 あー、明日が楽しみだなぁ!

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