81.温泉

「アイラ。念の為言っておくが、これは秘匿事項だ」


 神妙な顔をして頷くアイラ。一応、セレスが神竜だってことは内緒らしい。

 うーん、本当に内緒……なのかな? 隠しておくことについては私も同意するけど、でもセレス本人は特に気にしてなさそうだし、別に隠してる素振りもないし……。


「ルーナは知ってたのよね……?」

「え? うん、知ってるよ」

「なんでそんな平気そうな顔してるのよ……。あの、神竜よ?

 私、ずっと神竜様・・・と寝食をともにしてたってことなのよ」


 アイラは頭を手で押さえた。まさかあのセレスが神竜だったとは、と言いたげな表情だ。

 どうやらアイラは、セレスのことを私と同じような、ちっちゃい子ドラゴンだと思っていたらしい。人間の姿に化けていると、本来の体の大きさなんて分かんないもんね。


 実際、セレスからは未だに「神竜」という名に相応しい威厳は感じない。今だってほら、私の隣でこくりこくりと船を漕いでいる。

 私がその頭を軽く撫でると、ぽてんと私の膝に倒れ込んだ。


 あっ、こらセレス。勝手に膝枕しないで!

 膝を無断でに占拠するセレスをどかそうと、うんうんと手で押してみたけど……しがみついて抵抗してきたので諦めることにした。

 アイラの気持ちもよくわかる。国の英雄が今こんな姿だとは、まったく想像できないだろうし。


「驚きましたね。まさか、このタイミングで赤竜が現れるとは。セレス様がいなければ、今頃大きな被害が出ていたことでしょう」


 アルベルトさんは感慨する。彼は一応、セレスの正体は知っていたみたい。


「セレス、どうだ。これは偶然なのか?」


 そんなアルベルトさんをよそに、隊長さんはセレスに話しかける。

 その言葉に鼻提灯を弾けさせたセレスは、間延びしたような声で答える。


「……多分、違う。私か、ルーナに気づいた。だから来た」

「はなから二人が目当てだったということか」


 セレスはそれにこくりと頷いた。

 つまり、私たちが街に来たために、赤竜を刺激してしまった……ってこと?


「赤竜は、まだ生きてるんだよね?」

「うん、手加減した」


 えっと、あれは手加減……なの? ほんとに?

 めちゃくちゃ吹っ飛んでたけど。


「じゃあ、もう1回赤竜がきちゃうかもしれないの?」

「……分からない」


 セレスはあまり興味がなさそうに答えた。セレスでも流石にそこまでは分からないらしい。まだまだ赤竜による危機は健在というわけだ。

 でも……そんなことより、私の膝に頬を擦り付けるのはやめてくれないかな?


 そんな私たちを見たアルベルトさんは、パンと手を叩いてこんな提案をする。


「皆様、大変疲れているようにお見受けします。

 実はこの地域では、火山の影響で温かい地下水が絶えず湧き出ていまして……この要塞内にも浴場が整備されているんです。長話もこの辺りにして、折角なので湯浴みでもいかがでしょう?」


 待って……それって、温泉があるってことだよね??

 アルベルトさんの言葉に、私の尻尾が立ち上がった。


「おふろ! セレス、おふろ、行こう!!」


 私はセレスの体をぐらぐらと揺すり、その興奮度合いを伝えた。会話がぶつ切りのようになっているのは仕様だ。

 難しい話もほどほどにして、はやく癒やされに行こうよ!


 だから、セレス。

 ……そろそろ起きてくんない? 私、動けないんだけど。



 絶えず噴出するお湯に、もくもくと立ち上る湯けむり。要塞の一角にある浴場は、想像以上の広さを誇っていた。

 具体的に言うと、私なら軽く水泳ができるくらい広い(でも溺れるのが怖いのでやらない)。


 しかも……なんとこの浴場は屋外にある。つまり露天風呂ってわけだ。

 水面に反射する星空が綺麗で、とても要塞の一施設だとは思えないほどに素敵。


「うわあああ!!! お風呂だあああぁぁぁ!!!!」

「あ、ちょっと、走ったら危ないって!」


 アイラの声も置き去って、私は全力疾走で湯船に飛び込んだ。ついでに、セレスも私を真似するかのようにダイブ。

 今は貸し切りみたいなものだから、飛び込んでも大丈夫なのだよ。


「ふう……気持ちいぃ……」


 お湯に入った途端、すんと気分が落ち着いたのがわかった。

 体の奥底まで温かくなるような染み渡る感覚に、私は思わず目を細めた。


 砦にいる時には、こういう湯船に入る機会はなかった。

 あっちでは、ただ単純に水浴びをするのが一般的。くわえて、そもそも私が人の姿になったのも最近のことだ。水浴びをする機会すらほとんどなかったから、なんだか新鮮な気分すら感じる。

 故に……めちゃくちゃ気持ちいい。ひとしきり遊んだ後のお風呂は、やっぱり最高だ。


「ふふ、元気ですね」

「まったくね。あんなことがあったというのに……」


 ルルちゃんとアイラが、私たちを微笑ましく見ている。……いや、アイラはやっぱり呆れてそうな感じだけど。

 そんな2人も、私たちに続くようにお湯に浸かる。


「あー、最高ー!」

「でしょー?」


 手のひらを返すように大きな声で喜ぶアイラに対し、私は胸を張って自慢する。アイラは「なんでルーナが自慢げなのよ……」と漏らしていたが……でも気持ちいいことには間違いないでしょ?


 私はアイラとルルちゃんとの間に割り込み、2人に挟まれるように座った。

 これが特等席である。


「というか、そのタオルは何なの?」


 アイラがふと、私の頭の上に乗るタオルを指さした。

 えっと……私も実はよく分かってないんだけど、これはなんというか、こういうものじゃないの?

 どういう意味があるのかは知らないけど、こっちの方が雰囲気が出るし。


「うーん……気分、かな?」

「ルーナさん、似合ってますよ」

「ありがと!」


 適当に答えてみたが、ルルちゃんが褒めてくれたので、良しとしよう。私は尻尾を揺らしながらルルちゃんの肩に擦り寄った。


 ――そんな静かな夜。

 私たちは、今日あった濃密な思い出話に花を咲かせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る