73.クロワッサン
「み、見られてるよ……アイラ」
「大丈夫だって」
街の人々から向けられる好奇の目に、私はアイラの腕の中に潜り込もうとする。だけども、私の全身を隠すにはほど足りなくて、結局状況は変わっていなかった。
私たちは街のメインストリートを歩いている。お昼時ということもあって、それなりにたくさんの人が往来している。
今日は隊長さんからの勧め(?)もあって、人化はせずに、ドラゴンの姿のままだ。だからこそ、すごく目立っているのは間違いないだろう。
通りかかる誰もが私のことを見ているような気がして……うっ、アイラ、やっぱり帰らない?
「これが噂のドラゴンか!」
「思ったよりちっさいんだな……」
「絵で見るよりかわいくねえか?」
口々に聞こえる噂話もちゃんと私の耳に届いている。ネガティブな意見は聞く限りなさそうだけど、何もしていないのに褒められるというのも……なんだかこそばゆい。
どうにも耐えきれなくなった私は、後ろを歩くライルとセレスに助けを求めてみる。
「ライル……セレス……、私、もう駄目」
「大丈夫だ落ち着け」
「ルーナ、大丈夫」
なにが大丈夫なのか分からないけど、私に助けはないってことね……了解。
まあ、それはそうとして。
「アイラ、今日はどこかへ行くの?」
「別に決めてないけど……行きたいところはある?」
「うーん。私、ここのことよく知らないし」
「じゃあ、散歩ね。適当に歩いて……それに街の人に顔を覚えてもらうのも大事よ」
なるほど……どうりでこの姿を指示されたのか。
でもなんだか、見世物みたいでやだなー……。
私は気を紛らわすために、周りをぐるぐると見回した。すると、私の目に飛び込んできたのは、一軒のパンの屋台だった。こんがりと焼けたパンたちが、一斉にこちらを見つめていて、とても……おいしそうだ。ほんのりと甘い香りが漂ってきて、お腹が空いてきちゃった。
「アイラ、あれ食べたい」
「いいわよ」
スルスルと屋台の方に吸い込まれる私たち。ライルとセレスもその後に続く。
すると、屋根の下に立っていた男の店主さんがアイラへ向けて声を掛けてきた。
「いらっしゃい! ……おぉ、これは騎士様ご一行。連れてるのは、あの例のドラゴンかい?」
「そうだよっ!」
「うおっ、喋れんのか! こいつぁ、驚いたな」
私が会話に割り込むようにして話すと、店主はとても驚いた様子だった。だが次の瞬間には、私のことを興味深そうにじっと覗き込んでいた。
その口ぶりから察するに、どうやら私が思った以上に、私のことは知られているようですね?
「あのっ……恥ずかしい、よ」
「……ああ、すまんすまん。ドラゴンなんて初めて見たから、つい見入っちまったよ!」
ガハハと笑う店主さん。私がそう言うと、すぐに凝視するのをやめてくれた。まぁ……悪い人ではなさそうだ。
ごほんと咳払いをした私は、店主さんに本題を切り出す。
「どのパンがオススメ?」
「それは難しい質問だなぁ。なんてったって、どれも腕によりをかけた一級品だからな!
……だが強いて言うなら、これがオススメだな」
店主さんが指さしたのは、三日月型にもっちりと膨らんだパン――クロワッサンだった。ほどよく焦げ目のはいった綺麗な茶色の表面は、つやつやと日光で輝いていた。
ふむ……控えめに言って、とても美味しそうだ。
「これにする!」
「同じヤツ」
「あいよ」
私がそう言うと、店主さんはクロワッサンを一つずつトングで掴む。そして、丁寧に紙で包むと、私にぽんと手渡した。そして続いてセレスにも。
どちらも歩きながら食べられるように、包み紙からクロワッサンの頭がぴょこりと飛び出ていた。
対してアイラはお金を店主さんに手渡すが……ふと、もう一つのクロワッサンがアイラとライルにも手渡された。
「あの、私たちの分は大丈夫だから」
「いやいや、騎士様にはいつも世話になってるからなあ。サービスだよ、サービス」
そういって、やや強引に二人の手にクロワッサンの包みを差し込む店主さん。
ちょっと遠慮していたアイラだったけど、その圧に押されて結局はパンを受け取る。
ライルはというと……速攻で貰ってた。ちょっとは遠慮したほうが良いんじゃない?
「ありがとう!」
「いいってことよ。その代わり、美味しそうに食べて宣伝してくれよ!」
私たちがお礼を言うと、店主さんはそんな交換条件を付けてきた。思ったよりも
……とはいえ、クロワッサンをサービスしてくれたことは事実。そのくらいお安い御用だ。
「まかせて!」
私はそう店主さんに返事した。
ふふん、美味しそうに食べるのにはちょっとばかし自信があるんだよね。「砦で一番楽しそうに食事をする奴」なんて、名誉なのか不名誉なのかよくわかんない称号も持ってるし。
そうして屋台を離れた私たちは、相変わらず街中をゆっくりと歩く。さきほどまでとしていることは変わらないのだけれど、一つだけ異なる点がある。
――それは、私の手元にクロワッサンがあるということだ。散歩のお供だね。
「うほぉー! おいしそう!」
すんすんとひとしきり香ばしい匂いを堪能した後に、私はぱくっとクロワッサンの体にかぶりついた。
サクッという音をして崩れる生地。パリパリとした表面を突き抜けると、中からはもっちりしっとりとした柔らかい部分がお目見えする。
結構甘めの味付けだけど、独特のバターの風味がそれにマッチしていて、すごく美味しい。
「うまぁ~!!!」
アイラの腕の中、私はもしゃもしゃとクロワッサンを貪る。そこそこ大きめだったけど、すぐに無くなってしまった。
えへへ、美味しい。……また次来たら買ってもらおう。
そんなことを考えていたところ、突然アイラからの声が掛かる。
「……ルーナ、こぼしすぎよ」
私はふと下を見た。
……アイラの腕、それも制服の裾に、クロワッサンの表面のパリパリの部分がまとわりついていた。ボロボロと粉砕して、粉のようになったそれは、明らかに制服を汚していた。
よく考えなくても、これ、私の所為だよね?
「アイラ、ごめん」
「気にしてない……けど、次は自分で歩いているときに食べることね」
「……はい」
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