72.見られちゃった!
「ねえ、ライル! どうしよー!!」
私はいつにもなく焦っていた。わーっと砦の中を走り回り、たまたまその辺りを歩いていたライルを捕まえる。後ろからはセレスが付いてきてたけど、アイラとルルちゃんはいつの間にかいなくなっていた。
「隊長さんに怒られちゃう、どうしよう!」
「何をそんな大声で……どうした?」
心底、面倒くさそうな表情を浮かべるライル。
もう! 私、こんなに困ってるんだよ?
私は抗議の意思を示すため、拳を強く握ってぶんぶんと振り回した。
「もう! 他人事だと思って!」
「俺にとっては他人事なんだが……」
「そっか、そうだね……って、そうじゃない! 私、見られちゃったの!」
街へ繰り出したこの日、私はエミルたちと共に、街を冒険――という名の散歩をしていたんだけど……実はそこで大きなアクシデントが起こってしまった。だからこんなに私は大焦りして、砦に戻って来たのだ。
皆には悪いけど、これは一大事なのだ。
「なにが見られたんだ?」
「これ!! 街の人いっぱいに!!」
私は両手の人差し指で、頭からくりんと生えるツノを指さした。私が人でないことをたらしめる数少ない要素の1つだ。人化の魔法が不十分だと、パーツの一部がこうやってそのままになってしまう。原理はよく分からないけど、どうやっても消えないのだ。
魔法が下手な証拠だから、最初はこれがあるのは嫌だったけど……最近はむしろ、これもチャームポイントじゃないんじゃないかと思い始めてる。気持ちはポジティブに持たないとね。
……いやでも、それはこの砦にいるときの話。騎士たちは見慣れているけど、街の人にとってはそうではない。
あろうことか、街を走り回っているときに、被っていたローブのフードがぶわっと外れちゃったのだ。それも大通りのど真ん中。
私は一気に注目を浴びた。そりゃそうだ、こんなのが生えてる人間なんていないのだから。ざわざわと辺りがうるさくなって、その誰もが私のことを指さしていた。注目の的ってやつだ。
その結果、恥ずかしさと焦りと、その他色々な感情が混ざり合って、私は咄嗟に砦に逃げてきた。もうそれは猛ダッシュで。
「もう外に行けない……」
私はがっくしと肩を落とした。
王都に行った時は、隊長さんからローブを常に被るよう厳命されていた。その時はちゃんと言い付けは守れていた訳だけど……今回は余裕こいて走ったのが悪かった。
まさか、風ごときであんなにめくれ上がると思わないじゃん!
ああ、もう、あれだけ街の人に見られちゃったのだ。次はきっと、隊長さんに街へ行くことを禁止されるに決まってる。
せっかく、エミルとも会えたのに。もっと仲良くなれると思ったのに。
「なんだ、そんなことか」
はあとため息を吐いたライルは、肩を竦めてそう言った。
な……なんでそんなこと言うの? 私はこんなにも悲しいのに。
「そんなことじゃないよ! ずっと楽しみにしてたのに……」
「おい、そんなに落ち込むなよ。俺が言いたいのは、別に見られても平気だってことだよ」
ライルの言葉に、ぴょこりと私の尻尾が立ち上がる。それはもう、ローブの下からでも分かるくらいに。
「どういうこと?」
「街の人は元々、お前のことを知ってるんだよ。知ってる人に見られても、別に問題はないだろ?」
「へ、そうなの??」
私の頭の中には疑問符がいくつも浮かんだ。
知ってる、ってどういうこと? 私は騎士以外にこの姿を見られたことはないし、ましてや街に一度も行ったことないんだよ?
「お前……そもそも、有名だぞ。最初から。だから王宮に呼ばれたんだよ」
「そうなんだ? ……でも王都では、見せたらダメって言われたよ?」
「そりゃあ、こことは違うからな。規模も大きいし、他国の人間だってたくさんいる。無闇に見せるのは危ないだろう」
そうなんだね。私てっきり、騎士以外にこの姿を見せちゃダメなんだと思ってた。
でも有名って……どういうこと?
「森で迷子を助けてから、お前の評判はすこぶる良い。ほら」
ライルは、ふと壁に張り出してある掲示板を指さした。
たくさんの掲示物が並ぶなか、そこにあったのは変な形に切り出された印刷文字。
……これは、新聞? 文字が読めないから分かんないけど、活字とよく分からない挿絵が載っていた。
「――『砦に住まう善きドラゴン、迷子の少年を救う』だってよ。
それにこっちは『騎士たちは小さなドラゴンにメロメロ』ときた。笑っちゃうな」
色んな書類に混ざって張り出されているその記事は、全部私についてのものだという。ざっと見ただけで、5個くらいはあるんじゃ?
……でもそんなことよりも、もっと気になることがあった。
掲示板に張り出された記事の挿絵には、よく分からない生き物が描かれていた。どれも多分……私の絵だと思うけど……、
「えっと待って、これ全部私?」
その絵は、なんというか……すごく不気味な感じだった。写実的なタッチなんだけど、妙にリアルすぎるというか……蛇みたいに長細い体に、びっしりと丁寧に描かれた集合体恐怖症殺しな体表、そしてやや誇張して描かれた鋭い牙。
極めつけは、にぃっと口を横長に開くような何とも言えない表情。……これは、笑ってる? 笑ってるんだよね?
いやいやいや、めっちゃ怖いよ。子供泣いちゃう見た目してるってば。
「そうだぞ。これ全部お前だ」
「……ぜんぜん違う! 似てない!!」
私が記事を指さして抗議すると、ライルは高らかに笑った。
「無茶言うな。伝聞だけで描いてるんだから、しょうがないだろう。
それに……結構似てるぞ」
「もうっ!」
ライル! これのどこが似てるんだよ!!
どう見ても「笑顔で人をおびき寄せてそのまま喰らう化け物」みたいな見た目だって。いや、確かに節々で特徴は掴んでるかもしれないけど……これ、私が名誉毀損で訴えたら勝てるって。
私がぶんぶんと腕を振って、さらに抗議を加速させていると、ライルはその手を私の頭の上にぽんと置いた。
「冗談だ。お前はもっとかわいいよ」
「……………………」
そのままライルは、私の頭をさわさわと撫でた。さっきとはうってかわって、ライルにしては珍しい真面目な表情だった。
その触り方はとても優しくて、気持ちよくて……そっ、そんなこと言われたら、言われたら私…………!
「ライルのばか!!」
……どんどんと自分の頬が紅潮していくのが分かった。
これがどういう感情なのか、やっぱり自分でもよく分からなくなって……私はライルにとりあえず怒鳴ることしかできなかった。
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