71.再会
私はその男の子たちを追いかけた。角を曲がっていって見えなくなったが、すぐ近くにはいるはずだ。
「まってー!!」
案の定、少しいったところで男の子たちの後ろ姿が見えた。彼らは私の声に気がつくと、くるりと2人して私の方を振り向いた。
私は彼らにぶんぶんと手を振った。……なぜなら、その片方の子の姿に、私は見覚えがあったからだ。
「だれ、あの子?」
「さあ……知らない」
当の本人たちはそう言っているけど……絶対にそうだ、間違いない。
彼の表情を見て確信した私は、ちょっと親しい感じを出しながら話しかけてみた。
「久しぶりだね、エミル」
そう。私の話しかけた茶色い髪のその少年は、少し前に私が森の中で助けたエミルという男の子だった。
森で迷子になった彼を私が発見し、紆余曲折ありながらも、私が無事に助け出したのだ。
あの時たしか、オオカミに追いかけられてて……それから、セレスに守ってもらったんだったよね。
……守ってもらったのか、アレは? エミル気絶してたよね?
「えっ、何で僕の名前を知ってるの? 前に会ったことあったっけ……?」
エミルは不思議そうな顔で私の顔をじろじろと見る。
……そうだった。あの時の私はドラゴンの姿だったから、エミルが今の姿を見ても分かるはずないんだった。髪色が共通しているとはいえ、種族から違うしね。
ふむ、どうしたものか。ここは一つ、あの救出劇のあった日の話をしてみようか。
「分かる? ……今日は鈴はないけど」
エミルを助けた時、私は隊長さんに貰った首輪をしていた。鈴付きのうるせーヤツね。私は首元を指さして、そのことを伝えてみた。
「す、鈴?」
ぽかんとした様子で、私の言葉を繰り返すエミル。
――ダメだ、全然気付いてない!
くそう、あの時は絶体絶命だったじゃん! 命を共にして助けあったじゃん! なんなら結構絆できたと思ってたんだけどなー!
ごほんと咳払いをした私は、ちょっとしたクイズのような方式をやめて、端的に自分の正体を告げることにした。
「……私はルーナだよ。森の中で助けてあげたでしょ?」
「えっと、ルーナ? それ、どこかで聞いたことあるような……」
エミルは考える素振りを見せた。
そして少しの時間が経つと、ようやく彼は答えに辿り着いたようだった。
「もしかして、その声……あの言葉を話すドラゴン!?」
「そうだよ」
エミルはそんな大きな声を出して驚いていた。
そう、私があの時のドラゴンだよ。ちっちゃくて、かわいくて、あなたを助けたドラゴンですよ!
ようやく私の正体に気付いたエミルは、私の肩をぐっと掴んで、顔をどんどんと近づけてきた。
分かってくれて嬉しいよ。ちゃんと覚えててくれて。
……でもさ、そんなに観察しなくても良くない? ちょっと顔が近い気がするな。確かにあの時とは全然見た目は違うけどさ、私だって一応じろじろ見られたら緊張するし。
これじゃまるで……、
「エミル……近いよ」
「ご、ごめんっ!」
私の声でふと我に返ったエミルは、顔をぽっと赤くしながら、大きく後ずさりした。もう……あんまり女の子にそういうことしないほうがいいよ、エミル君。
そんなエミルの行動に私は苦笑いしつつも……でも一方で、私はとても嬉しかった。その証拠に、スカートの下から揺れる尻尾がちょっと見えてるしね。これ、落ち着け!
お互いに助け合った仲だからね。もはや、私とエミルは友達と言っても過言ではない……はずだ。
「会えて嬉しい」
「僕も……びっくりしたよ」
私はエミルに対して微笑んだ。フードの下からだったけど、その気持ちはちゃんとエミルに伝わったと思う。
……それにドラゴンの姿だと、表情がわかりにくいからね。こうやっていっぱいに笑えるのは、人の姿の特権だ。
――そんなやり取りを見て、もう一人の男の子は「えっ、知り合い?」とちょっと困惑していた。
ごめん、気まずいよね。なんか申し訳ない。
「ルーナ、急に走り出してどうしたのー!」
すると、後ろからアイラたちの声が聞こえてきた。一応、アイラとルルちゃんは私の護衛兼保護者。私が何をしていたのか、気になって声を掛けてきたみたいだ。
もちろん、ずっと目の届く範囲にはいたんだけど、しばらくの間エミルと喋っていたからね。
私はどたどたと走って、アイラのもとへ駆け寄る。
「知ってる子?」
「私が森で男の子を助けたことがあったでしょ? あれがあの子なの」
「……ああ、なるほどね」
「ちょっとお話してきてもいい?」
「もちろん、大丈夫よ」
そう言って、アイラに頭を軽く撫でられた。ふふ、嬉しいな。
……いや、それはともかく、許可は得られた。今度私は、エミルの方へとどたどたと走って戻る。
「ルーナ、君ってほんとに砦に住んでるんだね」
「えっと……そうだよ?」
戻ってくると、突然エミルが私にそう尋ねた。私が砦に住んでることは、知ってるものだと思っていたけれど。
なぜそんなことを聞くのか私は不思議に思っていると、次にエミルの口からは隊長さんの名前が飛び出した。
「ウェルナー隊長に会ったことある?」
会ったことあるって聞かれても……さっきお別れしてきたばっかだし。毎日のように会ってるし、むしろ隊長さんの方から私に構ってくれるよね。
私はこくりと頷くと、エミルは目を輝かせて私に近づいてきた。……近いな、また。
「どんな感じなの!? 普段のウェルナーさんは!」
いきなり興奮するエミルに、私は少し困惑した。
……隊長さんって、実は有名人なんだね。いまいちピンとは来てないけど。
ふむ、普段の隊長さんって言われてもなぁ……意外と難しい質問だ。
でも、隊長さんはいつも優しくて、いつも格好良くて、いつだって皆のことを考えているような人だ。だから、私は隊長さんのことが出会った時から大好きだ。
あと最近は私への過保護っぷりが加速している気がする。今日も朝は気難しそうな顔して、私を街へ送り出すことを渋ってたし。
でも、普段の隊長さんといえば……
「お菓子くれるよ、いつも」
「えっ、お菓子貰ってるの? ウェルナーさんから? ルーナが?」
私の答えに、何故だかエミルは目を丸くして、ぽかんとしていた。
そして、先ほどとは毛色の違う質問攻めをされた。
……え? 私、そんな変なこと言った?
隊長さんのポケットに、私の為のおやつが常備してあるのって常識じゃないの?
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