70.ぴよぴよ
「なあ、セレス。あいつ、何やってんだ?」
ライルは不思議そうな顔をして、近くに立っているセレスに尋ねる。
「鳥ごっこ」
「…………なんだそれ」
セレス、代わりに説明ありがとう。
実は私……今、鳥なのである。
特に理由とかそういうのはない。
大空を羽ばたく鳥の気分をただただ味わいたくて、鳥になっているのだ。
木の枝に止まったまま、自分の翼をぱたりと折りたたんで、ぼーっとどこかを見つめる。
大事なのはイメージ。私は鳥さん、私は鳥さん……。
「ルーナ、楽しい?」
「ぴよぴよ」
「何やってんだか……」
セレスにそうやって答えると、ライルは呆れたように肩を竦めた。
私は今鳥なので、言葉を喋れない……という設定なのだ。ちなみに、今の「ぴよぴよ」は「それなりに」って意味だよ(ちょっとだけ飽きてきた)。
まあでも見て、私、巣まで作ったんだよ!
木の枝とか枯れ草とかを組み合わせた、結構本格的なやつ。見た目はもうまんま鳥の巣だし、私が乗っても……メキッていう嫌な音がしたから、乗るのはやめておこう。
なお余談だが、この巣は二代目だ。一代目は、ホンモノの鳥に横取りされた。そろそろ返して欲しい。
「人間、何しに来た?」
「俺は”人間”じゃねえ……って、ああ、そうだ……」
木の下で、セレスとライルが話している。私は鳥だから、それをただ盗み聞きするだけ……。
「おい、鳥。隊長がお呼びだぞ」
「え! ほんとに!?」
鳥ごっこを即座に中止した私は、ふわーっと滑空して地面に着地する。
「鳥はどうした」
そんなことどうでもいいよ、ライル。
私はセレスを引き連れて、砂煙を巻き上げながら訓練場をばびゅーんと爆走する。
後ろから変なため息が聞こえたけど気にしない。
「セレスいこっ!」
「分かった」
ふふふ、ずっとこの時を待っていたのだよ! 今日が、今日がその日なんだね!
ライルをその場に取り残し、自分が鳥であったことも忘れ――私は隊長さんのもとへと一直線で向かうのだった。
それからは早かった。
私はウキウキしながら、爆速で用意を済ませた。
人化魔法を使い、白いチュニックと青いカーディガンに着替え、その上から黒いローブを羽織る。いつものお気に入りの格好だ。
黒いローブのお陰で、逆に私の銀髪が引き立っていい感じ。ちっちゃなドラゴンから、普通の女の子に変身である。
……ふふふ、今日は待ちに待ったお出かけ!!
街に行くのが、こんなに待ち遠しいなんて。
おめかしもバッチリ! お小遣いもちょっとばかし貰えたし、私の気分は最高潮だ。
「なんだ、その羽は」
「ちょっと鳥になってたの」
隊長さんは、私の髪に差してある一本の青い羽を指さした。これは、鳥時代の名残だ。
実はこれ、訓練場に落ちてたやつなんだよね。かわいいから、最近はいつも持ち歩いてるの!
隊長さんは私の説明不足な説明に、少しだけ考えるような素振りを見せたが、それ以上この話を深堀りすることはなかった。
「ルーナ、準備はできた?」
「ばっちり」
私は腕を上に大きく伸ばして、でっかい丸を作った。
アイラはそんな私を見てふふっと笑うと、その右手を差し出してきた。私は迷わずその手をぎゅっと握る。
「私も」
セレスが私の空いてる方の手につながる。セレスはセレスで、ルルちゃんと手を繋いでいたので、4人が横に連結することになった。楽しいけど……これはちょっと横に長過ぎて邪魔かもね!
そんなこんなで、結局最初のペア同士に戻ることになった。セレスはちょっと嫌そうな顔をしてたけど……私は今、アイラと手をつなぎたい気分だから、ごめん。
「楽しんでこい」
隊長さんが私たちを見送る。
少し心配そうな表情だったけど、一方で少しだけ笑っているようにも見えた。
「行ってきます!」
ふふ、ありがとう隊長さん。いっぱい楽しんでくるよ。
私はそう元気よく返事をして、門をくぐり抜けるのだった。
◇
うおー! やっぱ、すごいなあ。
感嘆の声をあげながら、私たちは街を散歩する。何をするでもなく、ただ真っ直ぐに歩いているだけだ。
王都が都会だとすれば、ここは地方の小さな街って感じ。ただ別にド田舎ってわけじゃない。王都と比べれば建物の数や人の数は随分少なく感じるけど、賑わいは全然負けていないだろうね。
むしろ、なんというか、こっちはこっちでほのぼのとした感じがあって好きだ。
「アイラ、あれは?」
「あれはパン屋ね。いつもルーナがおやつに食べてるパンは、あそこで買ってるのよ」
「じゃあ、あれは?」
「あれは教会ね。お昼の鐘はここから鳴ってるの」
「じゃあ……あれは!?」
「ケーキ屋ね。もうすぐ、オープンなんだって」
指を差しながら、街のあらゆるものをアイラに尋ねる。アイラは嫌がらずに全部しっかりと教えてくれた。
……王都旅行のときはティーナに聞こうとしたんだけど、途中から面倒くさそうな顔をされたから、聞くのやめたんだよね。
「ルーナさん、どこか行きたい場所はありますか?」
そんなやり取りを見たルルちゃんが、私に尋ねる。
……とはいっても、ここに来るの初めてだしなぁ。あまりよく知らないし、どこに行きたいって言われても、あまり思いつかないなあ。
「私はまだお散歩したいかな……って――」
――その時、私たちの横をびゅんと人が走り抜けた。
ふわりと風を感じ、私のローブが少しだけふわりと揺れる。
「騎士さん、ごめんなさーい!」
「すいませーん!」
その正体は、2人の男の子だった。彼らは、アイラにぶつかりそうになったことを謝罪すると、そのままどこかへ走り去っていく。
鬼ごっこでもしていたのだろうか。元気いっぱいだね。
「ルーナ、大丈夫だった?」
「平気……だけど……」
アイラがそうやって心配してくれるけど、別に男の子たちは誰ともぶつかってないし、ましてや心配するようなことはない。
――でも私には1つだけ、気になることがあった。
「あの顔、どこかで見たような……」
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