69.ワガママ
「ねぇ、いいでしょ! ねぇ!!」
いつもクールでカッコいい隊長さん。だけど今日は、その眉がへの字に曲がっていて、とても困っている様子だ。
そんな隊長さんを困らせているのは――そう、この私!
「遊びに、いきたい!!!」
私は、部屋の真ん中に敷いてあるカーペットの上に、どかんと寝転がった。
そしてジタバタと手足を動かして、抵抗の意思を見せてみる。ハンガーストライキだよ。
私の要求は、砦の外へ遊びに行くこと、その一点だ。これは私にとって、一世一代のワガママだよ!
騎士の任務を手伝うために、たまに砦の外に行くことはある。だから、ずっとここへ閉じ込められているというわけではないのだけれど……街へ行くことは依然として禁止されている。
でも! 王都での生活を知ってしまった私には、もうこの狭苦しい砦だけじゃ満足できない!
そんな私の過激な抗議運動に、隊長さんは思わず眉をひそめた。
「そうはいってもな……。なあセレス、ルーナを説得してくれないか?」
「分かった」
部屋の隅で傍観を決めていたセレスだったが、隊長さんに促され、私を説得しにやってきた。くそっ、隊長さんの手先め!
だが、セレスがその気なら……私にも秘策はある。
「……セレス、私の味方だよね?」
地面に仰向けに寝っ転がったまま、私は上目遣いで媚びる。
ちなみに今私はドラゴンの姿。お腹をどんと見せ、セレスに向かってアピールする。古典的な手法だけど、セレス相手なら効果あるでしょ。
案の定というか。私と目が合ったセレスは、その目をパチっと見開いた。そしてその表情のまま、隊長さんに向き直る。
「人間、ごめん。勝てなかった」
隊長さんは更に困ったように肩を竦めた。
「……そのようだな」
ふははは!
見たか! セレスは、私にぞっこんなのだよ!
これで私の味方は2人。ここで多数決をとれば、私たちドラゴン陣営の大勝利である。
「ルーナ……」
そんな隊長さんだったけど、何故か神妙な面持ちのまま、地面に寝っ転がる私の元へと近づいてきた。
その動きを疑問に思っていると、隊長さんは私の横でおもむろにしゃがみ込み、私の頭をそっと撫でた。
「お前を失うのが怖い。だから、閉じ込めたくなってしまう」
「隊長さん……?」
私は目を細めながら、隊長さんの顔をじっと見つめる。
「あの事件は、俺の失態でもある。俺の実力不足の所為で、お前に怖い思いをさせてしまった」
隊長さんは、静かな声で語った。彼のその瞳には、大きな影が差しているようにも見えた。その声はどこか弱々しくて、いつもの隊長さんとは違うような感じだ。
……隊長さんは、ずっと責任を感じていたんだね。
私はむくりと起き上がり、隊長さんに向かって叫ぶ。
「そ、そんなことないよ!」
私も、あの時は周りに騎士がいっぱいいるから大丈夫だと思ってた。でも、結果は違った。縫い目をすり抜けるように、私は犯人に囚われた。
僅かな時間だったとしても、それは重たい事実であることには変わりない。
だけどさ、隊長さん、
「私は無事だよ。怪我もしてないし」
この通り、私はちゃんと砦に帰ってこれた。無事に逃げ出せたし、無事に犯人も特定できた。なんら怪我をしたわけでもなければ、なにかを失ったりもしていない。
これは、ぜんぶ隊長さん、……ひいては騎士たちのおかげだ。
みんなが犯人に向かって立ち向かってくれたから。私の訓練に付き合ってくれたから。事件が終わった後も、ずっと私に寄り添ってくれたから。
だから今、私はここにいれるんだ。
私は、隊長さんが悪いとは思わない。隊長さんは、ちゃんと私を守ってくれた。私は少なくともそう思うよ。
いくらそんなことがあったからって、隊長さんが負い目を感じるようなことではない。
「そうだな、確かに無事だ。……だが今の俺には、次同じことが起きた時、お前を完璧に守りきれる自信がない」
「それなら大丈夫」
いつにもなく弱気になった隊長さんに、私は秘密兵器を見せた。
これならば、隊長さんも納得してくれるであろう、強力な武器を。
「私にはセレスがいるから……ね?」
――ぱしっと掴んだのは、セレスの手。
よく考えてみて欲しい。隊長さんは忘れているのかも知れないけど、私にはセレスという心強い味方がいる。
だって考えてみてよ。
神竜セレスティアだよ? 神の竜って書いて、神竜なんだよ?
凄く昔のではあるけれど、セレスはこの王国を、他国の侵略から守ったという経歴がある。多分彼女の強さは、多分この世界の中でもトップクラスのはずだ。
そんなのが、ここにいるんだからね。次、誰が襲ってこようとも、ぜーんぶ返り討ちにしてくれるわ――セレスが。
私の言葉を聞いた隊長さんは、その場で深く考え込んだ。
「隊長さん。おねがい」
私がそう言うと、隊長さんは再び私の頭をそっと撫でた。
そしてその穏やかな表情のまま、セレスに対して優しく問いかける。
「俺からも、……いや、第8騎士隊として願おう。セレス、何があってもルーナを守ってやってくれないか?」
気づけば隊長さんは、セレスに対して膝をついていた。その軽やかな所作に、思わず私は見惚れてしまう。
だが一方のセレスは、こくりと軽い感じで隊長さんに頷くと、
「言われなくても」
そうあっけらかんと答えていた。だがセレスのその瞳は、口調に似合わず真っ直ぐなもので、その視線の先は私に向いていた。
……ふふふ、みんな過保護だね。
守ってくれるのは嬉しいけれど、私だってそんなに弱くはないんだからね?
ブレスもちゃんと練習してるし。日々の鍛錬は……たまにサボるときもあるけど、なるべくするようにはしてるんだよ!
「ってことは、行っても良いんだよね?」
「ああ。ルーナ、少しだけ準備する時間をくれ」
その「ああ」って、砦の外に行っても良いってことだよね!?
そういうことだよね!
視線で問いかける私に、隊長さんは縦に頷いた。
やった! ようやく、私も外に行けるんだ!
嬉しくなった私は、隊長さんの膝にぎゅっと抱きついた。木に登るコアラみたいに。
「セレス、楽しみだね!」
「うん」
セレスもこくりと頷いた。本当に喜んでるのかは分からないけど、少なくとも私は嬉しい。……うわー、楽しみだな!
王都に行けるってなったときと同じくらい嬉しいかもしれない。
その日を待ち望む私の尻尾は、ぶんぶんと横に揺れていた。
早く行きたいなぁー、街に行きたいなあー。ちらっ。
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