第4章 エストラーダの赤竜

68.お疲れ様!

「んまぁー!!」

「……ゆっくり食べるのよ」


 今日の昼食は、から揚げだった。何の肉かは分からないけど、鶏っぽくはないね。

 でも凄くジューシーで、サクサクで、お肉の旨味がじわぁっと溢れ出てきて。ほっぺが垂れてきて痛いくらいに美味しい。スパイシーで風味のある独特な下味に、料理長の並々ならぬこだわりを感じる。


 私はもぐもぐと口の中で咀嚼しつつ、次のから揚げも口に放り込む。

 無限だ。無限から揚げだ。とても……幸せ。

 アイラの忠告も無視して、一心不乱にから揚げを頬張っていると、ライルが私の顔をぐっと覗き込む。


「お前、ほんっとうに美味そうに食うよな」


 ……だって、美味しいもん。

 頬を膨らませて、抗議の意思を見せようとしたけど、そもそも既にから揚げでいっぱいだったので、あまり変化は起きなかった。

 そんな私の表情を見たライルは、ぽんと私の肩を軽く叩いた。


「よく噛んで食えよ」


 彼はそう言い残し、少し離れた席へと行ってしまった。


 もう、ライルまで!

 確かに全然噛んでないけどさ! その通りなんだけどさ!


 ……最近、私はよく砦でも人化魔法を使っている。

 今も人間の姿で、から揚げをパクパクと食べている。

 練習という意味合いもあるのだけれど、折角使えるようになったしね。やっぱり、みんなにこの姿を見てもらいたいよね!


 とはいっても、やはりドラゴンの姿と比べれば一長一短。

 人間の姿だと手が使えるから、食事とか道具を使うことはやりやすい。一方でドラゴンの姿だと、道具はあんまり使えない代わりに、走ったり跳んだりっていうのがやりやすい。

 4本も足があると絡まりそうに思うかも知れないが、実はこっちの方が楽なのだ。むしろ、重心が高くなる人間の姿の方が転びやすい。この前、思いっきりずっこけて、半泣きになりながらセレスに治してもらったんだっけ。



「――ルルちゃん!」


 から揚げをひとしきり食べ終えた私は、奥の方から入ってくるルルちゃんを見つけた。椅子からトンと飛び降りると、彼女の方へと走り出す。


「ルーナさん、今日も元気ですね」

「うふふ」


 擦り寄った私の頭を、ルルちゃんは優しく撫でてくれた。

 そんなこと言うルルちゃんこそ、今日も可愛いですよ。


「昨日はどこへ行ってたの?」

「お仕事ですよ。ほら」


 ルルちゃんが振り向いた先には、エルマーさんを始めとする7班の人たちがいた。わらわらと集まってきた彼らは、1人、また1人と食堂の椅子に座っていく。

 昨日の晩ごはんの時点でルルちゃんはいなかったから、半日くらいはお仕事だったのかなぁ。


 それは……すごく、大変だったね。確かによく見ると、全員少し疲れた様子だ。なんというか、いつもの覇気がない。

 それに気付いた私は、ルルちゃんと、それ以外の7班の人たちに向けて、私は元気よく労いの言葉を掛ける。


「みんな、お疲れ様!」


 すると、7班の騎士たちが突然ざわめきだした。


「まるで天使のようだ……」

「マジかよ、今すべての疲れが取れたわ」

「俺たちに言ったんだよな、そうだよな?」

「声かわいいな」


 なんか最後の方、変なのがいた気がするけど……気にしないでおこう。

 でも私にできるのはこのくらいだし、これで疲れが取れるならいくらでも言ってあげますよ。


「ルーナさん。私からも、ありがとうございます」


 私に向けてお礼をするルルちゃん。

 いいのいいの。それよりルルちゃんはさ、しっかり食べて、ゆっくり休んでよ!

 私はぐいぐいとルルちゃんの腕を引っ張って、さっき私が座ってた席まで誘引する。


「アイラ先輩、お隣失礼しますね」

「あっ、ルルちゃん。今日はお疲れ様」

「ありがとうございます」


 私はしれっとアイラの膝に座る。一番落ち着く、私だけの場所だ。ちなみに二番目は、隊長さんの腕の中。

 ルルちゃんが料理を取ってきたところで、アイラは口を開く。


「すっかり、ここに馴染んだよね」

「それって私のこと?」

「ルーナは最初からでしょ」


 てっきり私のことだと思ったんだけど、ルルちゃんのことだったみたい。

 うーむ……。ルルちゃんより私の方が新参なんだけどな。


「そうですね。皆さんとても優しいので」

「最初はあんなにガチガチだったのにね」

「ふふ、そんな時期もありましたね。今考えると、情けない話ですが」


 私は、出会った当初のルルちゃんの姿を思い出す。

 確か、めちゃくちゃ緊張してたんだっけか。もうそれは怯える子猫のように、隅っこでガチガチになっていて。


「私、ルーナさんに感謝しているんですよ?」

「えっ、私?」

「先輩方とお話する機会をつくってくださったのは、他でもない、ルーナさんですから」


 そんなこともあったっけか。

 言われてみれば、最初の出会いもこの食堂だったね。私が、1人で食事をしているルルちゃんに声を掛けて、アイラやライルのところに連れて行ってあげて。

 言われてみれば確かに、あの日を期にルルちゃんは色んな人と話せるようになっていった気がする。

 ――つまり、私のお手柄というわけか!


 そんなルルちゃんのポニーテールには、銀色のバレッタが輝いていた。


「ルルちゃん、それ」

「ああ……これは、ライル先輩から頂いたんですよ」

「そうだ! 誕生日おめでとう、ルルちゃん」


 そのバレッタが誕生日プレゼントだったということを、私は今思い出した。

 正直に言うと……すっかり忘れてました。

 そう考えると、もうあれから1ヶ月くらい経ったのかぁ。


「ありがとうございます。ルーナさんも、選ぶのを手伝ったんですよね」

「そ、そうだね……?」


 王都で買ったこのバレッタ。まさにこの私が選び取ったものなんだけど……。

 どうやら、ルルちゃん曰く、ライルが自分で選んだものということになっているらしい。私はそれを手伝っただけだと。

 くそぅ、ライルめ。カッコつけやがって!


 で、でも私は大人だから、そんなみみっちい文句は言わないよ。

 ライルが全部選んで、私はそれをお手伝いしただけ。そういうことにしておいてあげるからね。感謝してよね。


 ……あとで、なにかせびろう。

 おやつとか。


「へぇ……あのライルが、贈り物ねぇ?」


 アイラはそのことに気付いたのか、あるいは他に何か思うことがあるのか。

 神妙な面持ちのまま、まじまじとバレッタを見つめていた。


 ちょっと、アイラ。

 ルルちゃんが不思議そうにしてるよ?

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