【挿話】好きなご飯発表ドラゴン
「好きなご飯を発表します!」
王都からの帰路。
砦に向かう馬車の中、突然むくりとルーナは起き上がって、何故だかこのようなわけの分からないことを宣言した。
寸前まで、ぐでーんと床に転がっていたはずなのに。切り替えが激しすぎる。
「どうしたのよ、急に」
呆れた表情のアイラは、その宣言の真意を尋ねる。
「好きなご飯を発表したくなったから、発表するの」
「はぁ……」
……聞いてもよくわからなかった。
アイラは困惑のままため息を漏らす。
ルーナは、たまに大人っぽいところもある。
だが基本的には、”無邪気な子供”であることには相違ないだろう。少なくともアイラはそう思っている。
そんなルーナだが、今、遊びたい盛りなのは間違いない。談笑したり、手遊びをしたり。隙あらば騎士に擦り寄って、「あそんで!」と要求している姿をよく見る。
工夫を凝らして、色んな遊びを開発したりしているし。砦という殺風景な場所で、よく毎日あれだけ楽しそうに遊べるものだ。
つまり……何が言いたいのかというと、どこに居てもルーナは楽しそうにしているのだ。それは間違いないのだけれど。
「なんで、発表……?」
なんだ発表するって。
なぜ発表する必要があるのか。
その発表を聞いた上で、一体なにをすればいいのか。
様々な疑問がアイラの頭に浮かぶが、それを掻き消すようにセレスの声が流れる。
「聞きたい、発表」
セレスは前向きな反応だったが、これはいつものことだ。取り留めて驚くようなことではない。
だがその言葉を後ろ盾とするように、ルーナは「発表」とやらをスタートさせた。
「分かった、発表するね!」
元気な声で応じたルーナは、1つ目の「好きなご飯」を発表することにしたようだ。
「まず1つ目は――――――」
そういって、ルーナは言葉を溜める。
オーディエンスの期待が高まった(ルーナ談)ところで、彼女はようやく「好きなご飯」を公表する。
「それは――ハンバーグ!!」
「みんな好きじゃない?」
アイラは思わずツッコんだ。いやツッコまざるを得なかった。
なにが来るのかこれほどまでに期待させておいて、やってきたのは「ハンバーグ」。万人受けする料理である。
目新しさも、意外性もない。でしょうね、というのが感想である。
「俺も好きだぞ、ハンバーグ」
「ライル、お揃いだね」
なんだかハンバーグ好きで共鳴しあっているが……別に、この2人だけが特別な訳では無い。
その理論でいくなら、人類大体お揃いだ。無論、アイラもハンバーグは好きだ。
(え、この調子なの?)
アイラはルーナの顔を見た。
1つ目の「好きなご飯」を発表し終えたルーナは、とても満足気だった。そしてさらにルーナは、2つ目の発表にも入ろうとしていた。
「2つ目の私の好きなご飯は――――――」
(これ、なんの時間よ……?)
また、勿体ぶった間が入る。
それはもう、溜めに溜めている。無駄な時間なこと、この上ない。
10秒ほどの溜めがあった後、ルーナの「好きなご飯」が発表される。
「――肉を甘辛く炒めたやつ !」
「確かに。美味いよな、アレ」
ライルがしみじみと頷く。
謎に2人がシンパシーを感じているところで、アイラはひとつ気になったことを尋ねる。
「正式名称じゃないのね」
「だって、正式名称わかんないんだもん」
「…………確かに」
言われてみれば、とアイラは頷いた。決して、言いくるめられた訳ではない。
考えてみれば、アレがなんという名前の料理なのか良く分からない。肉の甘辛煮? いや、炒めてるから違うか……。
いや……これは意外と難問かもしれない。美味しいのは確かなのだけど。
アイラがふむと考え込んだところで、ルーナは早々に3つ目の「好きなご飯」の発表に入るようだ。
「じゃあ次! 3つ目は――――――」
またもや、間。二度あることは三度あるのだ。
もうこの間に慣れたアイラは、じっと発表の時を待つ。
「パスタとチーズを重ねて焼いたやつ!」
「ラザニアかな?」
「それって、ラザニアじゃない?」
一同からツッコミが入る。
パスタとチーズを何層か重ねて、ソースを掛けて焼いた料理――ラザニアだ。そういえば、王都滞在中に一度夕食で出たことを、アイラは思い出す。
直近で食べたそれが出たということは、余程印象に残ったのだろう。
「へえ、あれがラザニアなんだ~」
当のルーナは、ラザニアという名前自体は知っていたようだが、あのときの料理がラザニアであることまでは知らなかったようだ。
勉強になってよかったね。
「アイラは、何か好きなご飯ある?」
「わ、私?」
自身の発表を終えたルーナ。
次に彼女は、アイラへと好きなご飯を尋ねた。
あまり考えていなかったアイラは少し戸惑ったものの、パッと頭に思い浮かんだものを答える。
「グラタン、とか……?」
「わかる! 美味しいよね!」
うんうんと頷くルーナ。
グラタンも美味しいことには違いないが、ただ……明らかにラザニアに引っ張られている。系統が一緒なのだ。
……誰もそのことには気づかなかったが。
「セレスはどうなの?」
ルーナは更に、横でじっと傍観していたセレスに対しても、好きなご飯を尋ねる。
だが意外にも、セレスは迷うことなく、キッパリと答えた。
「ルーナが好きなもの、全部」
「そっか……ありがとう」
ルーナはちょっと困った様子だった。いつものことである。
取り留めて驚くようなことではない。
「そういえば、ルーナ。お前はラザニアが一番好きなんだったな。どの辺りが好きなんだ?」
ライルはそんなルーナに、ラザニアの良さを聞き出そうと尋ねる。
「えっ、私の一番はローストチキンだよ?」
「……1回も登場してねえじゃねえか」
思わぬ刺客の登場に、ライルは思わずツッコんだ。「ハンバーグ」→「肉を甘辛く炒めたやつ 」→「ラザニア」の順番だったため、トリを務めたラザニアが一位だと思っていた。しかし、それは大きな勘違い。
対するルーナは、意味ありげに笑って、ローストチキン登場の秘話を語る。
「ふふふ。私は、思いついた順番で言っただけだよ!」
「……そうか……そうだな。勝手に順位だと勘違いした俺が悪かった」
ルーナの説明で、ライルはすべてを理解した。これは「順位」ではなく、ただの「列挙」だ。ただ頭に浮かんだ順に、料理名を口に出していっただけだ。
そう考えれば確かに、「1位、2位、3位」ではなく、「1つ、2つ、3つ」という数え方だった。
そのことを知ったライルは、目元を軽く指で押さえた。
ついでに、横で聞いていたアイラもガクリと崩れ落ちた。
――余談だが、砦に帰ってきた翌日のこと。
その日の夕食には、ローストチキンが登場した。
ルーナ本人は非常に喜んでいた一方、「なんで料理長が知ってるんだろう」と漏らしていた。
(もしかして、隊長……?)
アイラのその推測が正しいか、或いはそうでないかは、料理長と隊長のみぞ知ることである。
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〔あとがき〕
お読みいただきありがとうございました。
本話は、サポーター向けの限定コンテンツとして執筆された描き下ろしです。
初出:2024年3月13日
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