【閑話】セレスのパンづくり(後編)

「セレス、どうしたのー?」


 何故かセレスに食堂まで呼び出された。

 最近、セレスは1人で何かをしている。コソコソと隠し事をしているような感じだ。夕方になるとどこかに行っちゃうし、かと思えば、夜ご飯になる頃にはしれっと戻ってくる。

 いつもセレスは私にべったりだったはずなのに。たった数時間のことだけどさ、すごく大きな変化だと思うんだ。


 私も詮索するようなことはしなかったけど……やっぱり、ちょっと気になるよね。あの無気力そうなセレスが、私に隠し事をしてまで何かをするなんて。



 そんなことを考えていると、セレスが奥の方から現れた。

 無人の食堂。セレスの小さな足音だけが響き渡る。


「来て」


 セレスにぎゅっと腕を掴まれて、奥の方まで連れていかれる。

 そんなセレスは、なぜだかエプロンと三角巾を付けていて……小学校の調理実習みたいな格好だった。

 えっと……どこに連れて行く気なの?


「どうしたの、セレス。ご飯はまだだよ」


 まってよ、セレス。まだ外も明るいじゃん。

 晩ごはんはまだだよ。つまみ食いなら……まあ、ちょっとついて行ってもいいけど。


「こっち」


 連れてこられたのは、調理場だった。

 立ち入るのは久しぶりだ。確か……ここに来てすぐのときだったっけ。隊長さんと初めてであった、思い出の場所でもある。


「あ、料理長さん!」


 人が良さそうなちょっと小太りのおじさん、料理長さんだ!

 腕を組んで仁王立ちの彼は、ニコニコしながら私に語りかける。


「僕の弟子から話があるみたいだから、聞いてあげてくれるかな?」

「で、弟子?」


 え、まって。弟子って、……セレスのこと?

 セレス、料理人にでもなるの? 急に料理の才能に目覚めちゃった?


 私が1人で困惑していると、奥の方に行ったセレスが、大きなトレーを持ちながら戻ってきた。

 両手には大きなミトンを付けていて……マジで料理してるじゃん。


「ルーナ、これ」


 セレスはそのトレーを、近くの台の上にドンと置いた。

 ふわりと風が舞い、その正体がお目見えする。


「パン……だ」


 トレーの上に並ぶのは、真ん丸なパン。何の変哲もない、ただの丸いパンだ。

 けれど、こんがりとした小麦の香りに、ふっくらとした黄金色の外見。綺麗に焼けていて、とても美味しそうだった。


 試しに指でツンと叩いてみると、――熱っつ!!!! 

 めちゃくちゃふわふわとしていたのは分かったけど、そんなことがどうでも良くなるくらいに熱かった。触るんじゃなかった!


 そんな私を見て、セレスは自慢げな態度で告げる。


「私が、作った」

「えっ、これを、セレスが!?」


 私は、パンとセレスを交互に見た。

 ほ、本当に? この美味しそうなパンを、セレスが?


「食べて」


 セレスはミトンを外すと、パンを鷲掴みして私に手渡した。

 ……いや、素手は流石に熱いでしょ! 大丈夫?

 私の心配をよそに、セレスは平気そうな顔をしていた。それなら大丈夫かと思って、私は安心して掴むと、




 ――熱っつ!!!!

 まだ全然熱いじゃん!!


 なんで平気な顔してんの? まだ全然ホカホカですけどね??

 手の上でお手玉のようにしてパンを転がしていると、ようやく粗熱が取れたようで、素手で持てる程度には温度が下がったようだ。


 ……ふぅ。

 気を取り直して、私はパンにがぶりと齧りついた。


「いただきます」


 がぶり。

 さくっとした表面が壊れ、中からふんわりとした真っ白な生地が登場する。 


「……美味しい」


 私は思わずつぶやいた。ふかふかでもっちりとした生地は、ちょっとだけ塩味があって、一方ほんのり甘くも感じる。香ばしい香りが鼻腔をくぐりぬけ、その芳醇な味をさらに引き立てる。

 私の脳には、どうやら「もっと食べろ!」という信号が送られているようで、2口目、3口目も止まらなかった。


「ジャム、あるよ」

「……すご」


 セレスは、どこからか小さな瓶を取り出した。その中には、真っ赤なジャムが詰まっていた。

 とろとろになった果実が、光に照らされてルビーのように煌めいている。私は蓋を開け、それをパンにたっぷりと塗りたくった。


 ……美味い。

 甘くて、美味しい。美味しすぎる。

 それは、いちごジャムだった。しっかりとした酸味と甘味が、シンプルな味のパンによく合う。主食だったこのパンが、一気にデザートにクラスチェンジした瞬間だ。


「ジャムも、この子が作ったんだよ」


 料理長さんの言葉に、ふんと鼻息を荒くするセレス。褒めて欲しいと言わんばかりの表情だ。


 ……分かる、分かるよ。たしかに凄い。

 セレスがこんなことできるなんて、正直思いもしなかった。


 でも1つだけ、私はセレスにどうしても言いたいことがあった。


「……なんで、私より女子力高いの?」

「え」


 私の言葉に、セレスは目に見えるように固まった。


「なんか、なんか……悔しい! セレスがパンを作れるなんて聞いてないよ! だってこれ、めちゃくちゃ美味しいんだもん。このジャムだって、凄く甘くて大好きだよ? 私にはこんなことできないのに、なんでセレスはできるの……!? セレスはいつもこういうの興味なさそうなのに! 私だって、こんな美味しいパン作れるようになりたいよ!」


 私は美味しいパンを貪りながら、悔しさをぶちまけた。醜い感情だってのは分かってるけど、……やっぱりなんか悔しいじゃん!

 いっつも身だしなみとか、ぜーんぜん気にしないセレスが、こんな美味しいパンを作れるなんて!


「ルーナ、機嫌直して……」


 セレスはあわあわとしていた。

 そして私の機嫌を取ろうと、追加のパンを差し出してきた。たっぷりのジャムとともに。


「セレスのばか!」


 そうはいいつつ私はパンを受け取り、がぶりと食らいついた。

 知らないもんね! この後晩ごはんなのに、いっぱい食べちゃっても知らないんだもんねー!


 あー、美味しいなあ。

 ……本当に美味しいんだよなー!




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

〔あとがき〕

お読みいただきありがとうございました。


本話は、10万PV達成ということで執筆された記念SSです。

今日は約2年半ぶりに本作の更新を再開してから、丁度1ヶ月という節目(?)でもあります。この日以来、本当に多くの方にご覧いただき、とても嬉しい限りです。

頂いた感想などは、すべてお読みしております。

今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします。

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