74.鬼ごっこ

「「あっ!!」」


 目抜き通りを抜け、街の中心から少し外れた場所にある広場に来たところで、私はそんな声を出した。それは向こうも同じだったようで、偶然にも同じトーンで重なった。


「る、ルーナ……だよね? あの、昨日の……」

「そうだよ!」


 そこに立っていたのは、茶色い髪をした男の子――エミルだった。私は1日ぶりの再会を喜びつつ、アイラの腕からふわっと飛び出すと、翼をパタパタと揺らして滑空しながら彼の元へと向かった。


「なんで昨日は急に逃げ出したの?」

「い、いや、ナンデモナイヨ……」

「そう? なにもないなら良いけど」


 エミルの目の前で留まると、彼は私にそう質問した。

 昨日逃げ出した理由を軽くごまかしつつ、あははと空笑いしてみる。エミルも不思議そうな顔をしてはいたけど、それ以上追求するつもりもないようで、特に気に留めた様子もなかった。

 まあ、それはともかく。


「ねえ、私も混ざっても良い?」


 私は話題を切り替えるようにして尋ねた。だが尋ねた相手は、エミルだけでなく、彼といっしょに遊んでいたであろう子たちに対してもだ。エミルと同い年の男の子女の子が数人、わらわらと私たちのもとに集まってきていたのだ。

 うん、せっかくの機会だし友達は作りたいよね!


 だがその回答を聞く前に、既に私の周りにはみんながぎゅうぎゅうになって集まっていた。


「すごい、しゃべるドラゴンだー!」

「かっけー!」

「触ってもいいか?」


 目をキラキラさせて口々に言う彼ら。不思議と嫌な気分はしないんだけど……あっ、こら、私が許可を出す前に体を触るのはやめなさい!

 なんだかよく分からないけど、子どもたちの人気者になってしまった私。……まあなんでもいいや。とにかく、私は遊ぶのだ。


「アイラごめん、遊んでくる! ばいばい!」

「いや、いいけど、私たちも追いかけるからね?」

「お前はどうするんだ、セレス?」

「私は見てる」

「そうか、何か飲み物でも買ってやるよ」


 街には、そんな平和な時間がゆっくりと流れていた。



 ――この日を境に、私はほぼ毎日のように街へ遊びに行っては、この子たちと遊ぶことになった。


 最初のうちは、エミルを除き、みんな珍獣を見るかのように私へ接してきていた。だけれど、三日ほども経てば皆すぐに見慣れたようで、そんなこともなくなった。今はもう、普通に子どもの輪に混ざって遊んでいる感じだ。

 ……おかしいな、私って精神年齢はこの子たちよりお姉さんのはずなんだけど、なんでこんなにも気が合うんだろう。


 まあでもそれ以上に、セレスがこの輪の中にいることの方がよっぽど変だけどね。

 最初セレスは私たちを傍観しているだけだったけど、いつからか我慢できなくなったのか、自然とこの集団に混ざっていた。

 多分最初は「私と遊びたい」というのがモチベーションだったのだと思うけど……もう今では立派なメンバーの一員だ。


 あなた一応、年上でしょうが。

 ……この街にいる誰よりも。



「セレスが鬼だよ!」

「わかった」


 最近はこんなふうに、誰かが何かしらの遊びを提案しては、それを数時間ほど皆で満喫するという日々だ。

 ただし、投げる系の遊びは隊長さんから直々に禁止された。1回セレスが「やり投げごっこ」で棒を高速で投げ、建物のガラスを破壊した為だ。

 ……まあ、妥当だよ。怪我人が出てからでは遅い。


 ちなみに今は鬼ごっこ中。現在はセレスが鬼で、決められた区画内を私たちは逃げる。タッチしたらその人に鬼を渡せるけど……相変わらずセレスが強すぎる。意味がわからないくらいに足が速くて、舐めてると秒で追いつかれて鬼にされる。


 で、そのハンデとして「セレスだけが入ってこれない安全地帯」が設けられることとなった。

 そこへ逃げ込めばセレス相手なら絶対安全なわけだけど、セレス以外が鬼だと普通に捕まるから、引き際も大事という。これが意外と駆け引きがあって面白い。


 ……このルールが無い時は、セレスの猛ダッシュでよく瞬殺されてたっけ。ああ、こわいこわい。


「ルーナ、つかまえた」

「えっ!?」


 そう言っていると、どこからともなく現れたセレスに、背中をタッチされてしまう。流石は神竜だ。どっちから来たのか分かんないくらいの早業だ。

 それで……かくいう私は、


「はぁ、はぁ……、待って……!」


 何故だ……何故私はこんなにもへっぽこなんだ。

 年齢は違えど、私もセレスと同じドラゴンなんだけどな……。一応種族としては人間より強いはずなんだけどな……。


「ルーナ、大丈夫か?」


 かれこれ5分ほど、全力で走って捕まえようとしているけど、一向に追いつけない。私の足が遅い所為なんだけど……もう、駄目かも。

 息も絶えだえになりながら、危うくへたり込みそうになったところで、ちょっと強気そうな男の子がやってきた。ちなみに、名前はルカと云う。


「…………あっ、タッチ」


 でも丁度いいところで人が来たので、ルカにタッチしてやった。


「お、おい、心配してやったのにずりぃぞ!」

「残念だったね。私が疲れてるのは演技だよ」

「おい汚ぇぞ! って……その割には、結構息上がってないか?」

「……うるさい」


 タッチ返しは駄目なので、ルカが別の人に鬼を渡すまではしばし休憩タイムだ。

 そうは言っても、私はドラゴンだから……疲れてなんかいないからね…………はぁ。

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