67.別れ
「またねーーー!!!!」
馬車がゆっくりと音を立て、砦に向けて動き始める。そんな隊の中から聞こえる、ひとつの甲高い声。
その声の持ち主は、白銀のウロコを持った小さなドラゴンだった。
名をルーナという。天真爛漫で、陽気で。近くにいる人間をもれなく笑顔にする、心優しいドラゴンだ。
彼らの旅立ちを見送るのは、国王を筆頭とする王族たち。
彼らが外で人を見送るといったこと自体、非常に異例なことであるのだが……そこまでさせたのは、やはり、昨日の出来事があったからだろう。
「行ってしまったな」
ぼそりと呟く国王。
非常に短い滞在だったが、彼らが王国にもたらした影響は非常に大きい。
――神竜セレスティア。
彼女が、およそ300年ぶりに王都に現れたことは、人々にとって大きな衝撃だった。夜空に輝く漆黒の表皮、そして全てを見通す鋭い瞳。ひと目見ただけで、その荘厳さと美しさに目を奪われる。
彼女こそが、この王国を侵略から救い、発展の礎をつくった張本人。かつては黒竜と呼ばれていた、かの神竜セレスティアである。
つまり――歴史上の偉人である。そんな彼女が突如現れたとなれば、当然喜ばざるを得ないだろう。おかげで、街はもう朝からお祭り騒ぎだ。
「レオ……お前は知っているんだったか」
「はい」
この中で、神竜の正体を知っているのは、国王とレオ王子の2人だけだった。
2人は、昨日の夜中に王都を飛び回っていたあの巨大な竜が、黒髪で無愛想な少女であることを知っている。
――セレス。
この安直な呼び名は、ルーナが決めたのだというが……あの小さな女の子の正体が、あの神竜セレスティアだったとは、まさか誰も思うまい。
「セレスティア様には、人の
周りには聞こえないように、レオ王子に向けて小声で話す王。
セレス本人は特にそのことを秘匿しているわけではなさそうだが、べらべらと言いふらすようなものでもないだろう。
「僕には……そうは見えませんでしたが」
「私もそう思う」
「それは、どういうことですか」
レオ王子はそう聞き返すも、王はくすりと笑うだけだった。
「お前の護衛騎士の件は聞いたよ」
「はい……ルーナ様やセレス様に、取り返しのつかないことをしてしまいました」
「それは恥ずべきことだが、自分でその責任を取ってこその主だ」
レオ王子は、真剣にその言葉を胸に刻む。
彼の護衛騎士であるダリオスは、あろうことか騎士団の物資をくすねた上、それを用いてルーナを街中で誘拐しようとした。そこには娘の病という重たい背景があったのだが、それを考慮したとしても許されざる行為であるのは間違いない。
「なぜセレスティア様は、慈悲を見せたのだと思う?」
だが、そんな護衛騎士を、あの2人は救った。
セレスは、彼の娘の病を治した。ルーナは、誘拐という大きな罪を赦した。
……いや、もっと正確に言うのならば、その罪の処分を王国側に任せたのだ。
人あらざる彼女たちは、本来、刑罰だなんだと気にする必要はない。法に縛られないのだから、その場で自分で罰してしまえばそれでいいはずだ。
だがなぜ、彼女たちは敢えて人の論理に寄り添ったのか。
レオ王子は、少し考えた後に口を開く。
「慈愛に満ちているから、ですか?」
ありきたりだが、十分な答えだった。
神竜セレスティアは、寵愛と庇護のシンボルだ。
「そうだ。だが、それだけではない」
「それ以外にも?」
王は、そんな神竜の行動原理を冷静に分析していた。
「セレスティア様は、ルーナ様を基準に動かれている」
真面目な顔で王は語ったが、それに対してレオ王子はくすりと笑った。
「確かに、そうかもしれません」
それほど長い期間会ったわけではないレオ王子ですら、セレスがルーナにべったりしているところはよく見た光景だ。その理由は分からないが……護衛騎士の件も、ルーナがいなければ丸くは収まってはいなかっただろう。
「彼女が本気でこの国を滅ぼせと言えば、セレスティア様は従うだろうな」
「そ、そんなこと……」
「はは、冗談だ」
「悪い冗談はやめてください」
レオ王子は冷や汗をかいた。
だが実際には、ルーナの方が(比較的)常識人だから、そのようなことは起こり得ないだろう。
彼女がセレスの手綱を握っているのは間違いないが、どちらかというとストッパーとしての意味合いが大きい。
種族が異なる以上、常識がどこまで共通しているか未知数ではあるが、故にそこまで心配する必要もない。
「……あの子はまだ純真な少女だ。真っ白だから、何色にでも染まれる。故に我々は、彼女を守ってあげなければならない。これは国の為でもあるし、彼女の為でもある」
王の言葉には、国の行く末を考えてのある種打算的な心積もりと、1人の人間として彼女を心配する想いが、混ざりあっていた。
ここ数百年間、雲隠れしたように姿を見せなかった神竜セレスティア。そんな彼女を味方につけられれば、王国の未来は安泰ではあろう。だが、そんな思惑を持つのは他の人とて同じ。
ルーナは、そんな神竜セレスティアを現状唯一コントロールできる存在だ。これが世間に知れれば、たちまちルーナも狙われる恐れがある。
「……そうですね。僕も、なにかできればいいのですが」
レオ王子は、思いを馳せた。
もうとっくに見えなくなってしまった、あの馬車に。
「もしかして……ルーナ様が気に入ったのか? ウェルナー隊長に縁談の申し込みでもしておこうか」
「お父様、また冗談はやめてください。そんなことをすれば、セレス様に滅ぼされかねないですよ」
「む、それは困るな」
王は、わざとらしく困った顔をした。
だが本当に縁談なんかすれば、神竜セレスティアがすっとんでくるのは間違いない。彼女は過保護極まりないからだ。末恐ろしい話である。
レオ王子はそんな嫌な想像を振り払うと、再びあの元気な声、そして眩しい笑顔を思い浮かべる。
本来の姿と、魔法で人に化けたときの姿。形だけ見れば全く違うのだけれど、レオ王子にとっては、どちらも同じように見えていた。
もちろん、まだ人化魔法は完璧ではないようで、角や尻尾は出たままだったが……それを抜きにしても、彼女の明るさは唯一無二だ。姿形に関係なく、あれがルーナを、ルーナたらしめている。
「ですが、僕が気に入ったというのは本当です。もう一度、会えるなら……友だちになりたい」
「友達、か。それは……いいことだ」
2人の言葉は、静かに風の中へと消えていった。
――またこの地を訪れるときまで。
それは彼女との約束でもあった。
レオ王子は、その笑顔をいつまでも待ち焦がれることになるだろう。
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〔あとがき〕
これにて、3章完結となります。すぐに4章が始まりますのでお楽しみに。
面白かったと思う方は、ぜひ下の方から☆☆☆の評価をお願い致します!
ここまでの応援ありがとうございました。
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