66.パーティー(2)

「レオ王子、……私、もう怒ってないから」


 私が必死で止めると、レオ王子はようやく顔を上げてくれた。

 ……はぁ、心臓に悪いよ! 王子様が私なんかに90度で頭を下げるなんて!


「ダリオスは謹慎としています。そのうち、然るべき処分を受けることになると思います」

「……そうなんだ」


 私はこくりと頷いた。

 まあ……それはそうだよね。


 いくら私に謝罪したからって、私がもう怒ってなかったからって。その罪が消えるわけではない。

 私もすごく怖い思いをしたから、それについては反省して欲しい。


 でも……ダリオスさんは根は悪くない。むしろ良い人なんだろうね。娘さんのことで追い詰められてしまっただけで、それが無ければ今も平穏に護衛騎士を務めていたことだと思う。

 だから、彼が再び護衛騎士に戻れるときが来るのならば、私はそれを応援したい。


「これはダリオスから預かった手紙です」


 レオ王子は、1枚の真っ白で飾りっ気のない封筒を取り出した。

 ダリオスさんからの手紙。私はそれをまじまじと見つめる。


「開けてもいい?」

「もちろんです」


 ビリビリと封を破き、中の便箋を取り出した。

 ふむふむ……ダリオスさんはこんなことを思っていたのね――って、読めねぇ!


「ティーナ、代わりに読んで……」

「ええ」


 文字が読めなかったことに気がついた私は、ティーナに手紙の朗読を依頼した。

 くそう、そろそろ勉強しないとダメだ。


 ……曰く、その手紙にはこのようなことが書かれていた。


 一つは、身勝手にも私を攫おうとしたことへの反省と謝罪。

 もう一つは、そのようなことをしたのにも関わらず、リーゼルを助けてくれたことへの感謝。


『――ルーナ様、そしてセレスティア様の、寛大な心と深い慈愛に感謝いたします』


 その一文で、文章は締めくくられていた。

 そんな言い方されると、なんだかくすぐったいな。私は何もしていないというのに。


「セレス様、……貴方は、かのセレスティア様なんですよね?」

「そう」


 レオ王子がセレスに対して尋ねる。

 対するセレスは、それにあっけらかんと答えた。


「やはり……。ダリオスを、救っていただきありがとうございます」

「いい。これは、同族のよしみ」


 セレスは、頭を下げるレオ王子の頭をぽんぽんと撫でた。

 ……ちょ、ちょっと、セレス!

 それ、王子様だよ! その頭をぽんぽんしないで!


 私は1人でパニックになっていたけど、当のレオ王子は特に嫌な顔もせず……むしろ、喜んでいるように見えた。


「ルーナ様も、ありがとうございました」

「わ、私は何もしてないよ……?」

「そんなことはありません」


 ……そうかなあ。

 私はセレスの側で見ていただけだと思うんだけど。

 私がいなければ、セレスがリーゼルを治療することも無かったとは思うけど、逆に言うと私がしたことといえばそのくらいだし……。

 ――まあ、細かいことは気にしないでおこう! 万事解決したしね!


 そんなレオ王子だったけど、私たちを名残惜しそうな瞳で見つめながら、私たちの予定を確認する。


「皆さんは、明日帰られるんですよね……?」

「……そうだね」


 これほどまでに待ち遠しかった旅も、あっという間に今日が最終日だ。

 いろんな事があって毎日が濃密だった。楽しいことも、辛いことも色々あったけど、思い返してみればどれも大切な思い出になった。それこそレオ王子との出会いも、あの事件があったからこそ強いインパクトがあった。

 ふふ、そう考えると、悪いことばかりじゃなかったね!


「また……来てくださいますか?」


 でも、少し心残りがあるとすれば――。

 私はレオ王子に正直な気持ちを伝えた。


「今度は、ちゃんとお話しよう」


 次はちゃんとレオ王子とお話したいし、仲良くなりたい。

 たくさんご飯も食べたいし、いろんなところも巡りたい。

 かわいいドレスもまた着たいし、それを色んな人に見てもらいたい。


 今、やり残したことはないけれど、次、やりたいことはたくさんある。

 また時間が許すのなら……また再び王都に遊びにきたいな。


「はい……もちろんです!」

「約束だよ?」


 レオ王子の表情は、ぱっと明るくなった。


「出発は明日の朝でしたよね。僕も見送りに行きます。お別れの言葉はその時までとっておきます」

「そうだね。楽しみにしてる」


 私は、優しく彼に微笑み返した。

 ……なんだ、とってもいい子じゃないか。また次来るときも、レオ王子に会えるといいね。



 レオ王子が立ち去った後、私はひとつ気になったことをセレスに聞いた。


「あのさ、セレス……。『同族のよしみ』って何のこと?」


 セレスが口にした”同族のよしみ”という言葉。順当に考えれば、私のことのようにも聞こえるけど……実は違う。セレスが私を呼ぶ時は「ルーナ」とちゃんと言うはずだからだ。

 不自然にぼかした言い方が、私以外の誰かを指しているようで、少し気になってしまったのだ。


「私は、好きな人の景色を、守りたいだけ」


 セレスはそう答えた。

 でもやっぱりまだ抽象的な言い方で、何を表しているかよく分からなかった。私は再び彼女に違う言葉で尋ねる。

 

「セレスの好きな人?」


 そんな私の言葉に、セレスは少しだけ口角を上げる。


「ふふ」


 ……えっ。

 セレスが笑った!?


 御存知の通り、セレスはひたすらに無表情なのだ。感情自体は豊かなんだけど、表情筋が死んでいる。その分、身振り手振りが激しいから、それである程度の気持ちは察せるんだけどさ。


 でもそんなセレスが……笑った。

 顔を動かして、笑ったんだよ。マジか……。

 数ヶ月一緒にいるけど、私は初めて見た。超激レアなセレスだよ、これ。


 ……いやまあ、そんなことは置いておいて。

 私が気になるのは、セレスが好きだという人のことだ。


「その好きな人って、私以外の人よね」

「ルーナも、入ってる」

「そ、そうなんだ……」


 「ルーナ”も”」だから、やっぱり私以外にも誰かがいるんだね。

 でもセレスは、ただ意味ありげにその存在を匂わせるだけで、それが誰なのかは教えてくれなかった。


 セレスはあんまり人付き合いしなさそうだし……もしかして、私以外にもドラゴンの友達がいるとか?

 セレスは長く生きてるみたいだし、そんな友達が1人や2人いてもおかしくない、のかもしれない。

 うむむ、やっぱり気になるなぁ。


 もやもやしながらも、これ以上の回答は期待できないと察した私は、再びダリオスさんからの手紙を手に取った。

 そのとき、封筒の中にさっきと便箋とは別に、もう1枚の紙が入っていたことに気がつく。


 それは――絵だった。

 小さい子が描いたようなタッチで……これはセレスかな? 黒髪の女の子が手から光を出しているような絵が描かれていた。

 それと……その横には白い生き物が描かれていた。これは私かな? 上手く描けてるね。


 『病気をなおしてくれてありがとう! ――リーゼル』

 絵の隅にそんな文章が記されていると、後から教えてもらった。


「セレス、こういうこと?」


 ――景色を守りたい。

 セレスの言葉の意味が、ほんのちょっとだけ私にも分かった気がする。

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